傷病手当金は、病気やケガで会社を休み、十分な給与が受けられない場合に、被保険者とその家族の生活を保障するために健康保険から支給される大切な制度です。
しかし、「申請したのにもらえなかった」「どんな時に受け取れないのだろう?」と疑問に思っている方もいるかもしれません。
傷病手当金には受給するための条件があり、その条件を満たしていない場合や、特定の状況下では残念ながら支給を受けることができません。
この記事では、傷病手当金が受け取れないのはどのようなケースなのか、その具体的な理由と基本的な受給条件を分かりやすく解説します。
自分が傷病手当金の対象となるのか知りたい方、申請を考えている方、そして申請してもなぜかもらえなかったという方は、ぜひこの記事を参考に、傷病手当金制度への理解を深めてください。
傷病手当金の基本的な受給条件
傷病手当金を受け取るためには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。
これらの条件は、健康保険法によって定められており、加入している健康保険の種類(協会けんぽ、健康保険組合など)にかかわらず共通です。
業務外の事由による病気・ケガであること
傷病手当金の支給対象となるのは、業務外の事由による病気やケガです。
つまり、仕事中や通勤途中の事故などが原因で発生した傷病については、傷病手当金の対象とはなりません。
これは、業務上や通勤途上の傷病については、原則として労災保険(労働者災害補償保険)から「休業補償給付」などが支給されるためです。
例えば、風邪をひいて肺炎になった、自宅で転んで骨折した、プライベートでスポーツ中にケガをした、といったケースは傷病手当金の対象となり得ます。
一方で、会社の作業中に機械に指を挟んでケガをした、通勤途中に交通事故に遭った、といったケースは労災保険の対象となります。
もし業務上か業務外か判断に迷うようなケース(例:通勤経路から外れた場合の事故、会社の懇親会でのケガなど)については、自己判断せず、会社の担当者や労働基準監督署、または健康保険組合に相談することが重要です。
不確かなまま申請を進めると、後々問題となる可能性があります。
仕事に就くことができない(労務不能)こと
傷病手当金は、病気やケガのために「仕事に就くことができない状態」、すなわち「労務不能」であると認められる場合に支給されます。
単に体調が優れない、仕事に行くのが辛いといっただけでは足りず、その傷病が原因で従事している業務を行うことが医学的に不可能な状態であることが必要です。
この「労務不能」であるかどうかの判断は、主に医師の意見に基づいて行われます。
傷病手当金の申請書には、医師に記入してもらう「療養担当者記入欄」があり、ここで医師は被保険者の病状や、仕事への影響について診断します。
事業主も「事業主記入欄」で、被保険者の業務内容や休業期間中の出勤状況などを証明します。
医師の診断が「労務可能」となっていたり、診断書の内容から仕事ができない状態だと客観的に判断できない場合は、傷病手当金は支給されません。
また、病状が回復し、医師が「労務可能」と判断したにもかかわらず、自己判断で休業を続けた期間についても、傷病手当金は受け取ることができません。
労務不能の判断は、被保険者が「本来従事している業務」を基準に行われます。
例えば、普段デスクワークをしている人が、足の骨折で通勤は困難でも、自宅でデスクワークが可能であれば、労務不能とは認められない場合もあります。
一方で、立ち仕事がメインの人が足の骨折をした場合は、労務不能と認められやすいでしょう。
個々の状況や職種、業務内容によって判断は異なります。
連続する3日間を含み4日以上仕事を休んだこと(待期期間)
傷病手当金には「待期期間」というものが存在します。
これは、傷病手当金の支給が開始されるまでに設けられた期間で、業務外の事由による病気やケガで仕事を休み始めた日から数えて、連続した3日間を指します。
この連続した3日間の休業が成立した上で、さらに4日目以降も仕事を休んだ日に対して、傷病手当金が支給されます。
重要なのは、待期期間の3日間は有給・無給、会社の公休日(土日など)を含めて、仕事に就くことができない状態(労務不能)で連続していることです。
必ずしも出勤予定だった日である必要はありません。
例えば、月曜日に体調を崩して休み始め、火、水と連続して休んだ場合、この月・火・水が待期期間となります。
木曜日以降も仕事を休んだ場合に、木曜日から傷病手当金の支給対象となります。
待期期間の3日間は、飛び石の休業では成立しません。
例えば、月曜日に休み、火曜日は出勤し、水曜日と木曜日に再度休んだとしても、連続した3日間の休業が成立していないため、この時点では待期期間は開始されません。
再び連続して3日間以上休んだ場合に、最初の連続3日間が待期期間としてカウントされます。
待期期間は、傷病ごとに成立が必要です。
一度傷病手当金の支給が終了し、別の病気やケガ、または同じ病気でも一度回復して再度悪化したなどで、新たに労務不能となった場合には、再度待期期間を満たす必要があります。
ただし、同じ傷病で連続して休業している場合は、最初の待期期間が成立すれば、その後の休業期間に再度待期期間は必要ありません。
この待期期間を満たしていない場合は、たとえ労務不能で休業していても、傷病手当金は支給されません。
休業した期間について給与の支払いがないこと
傷病手当金は、仕事を休んだ期間について、事業主から十分な給与の支払いがないことも条件の一つです。
ここでいう「十分な給与」とは、傷病手当金の1日あたりの支給額よりも多くの給与を指します。
もし、休業期間中に事業主から給与が支払われた場合、その給与額によって傷病手当金の支給額が調整されるか、または支給されないかが決まります。
- 休業期間中に支払われた1日あたりの給与額 < 傷病手当金の1日あたりの支給額: 傷病手当金は、傷病手当金の額から支払われた給与額を差し引いた差額が支給されます。
- 休業期間中に支払われた1日あたりの給与額 ≧ 傷病手当金の1日あたりの支給額: 傷病手当金は支給されません。
これは、傷病手当金が、病気やケガによる休業中の所得を保障するための制度であり、休業によって所得が減少しない、または傷病手当金で保障される以上の所得がある場合には、その必要がないと考えられるためです。
例えば、傷病手当金の1日あたりの支給額が8,000円である人が、休業期間中に事業主から1日あたり3,000円の給与が支払われた場合、傷病手当金は差額の5,000円(8,000円 – 3,000円)が支給されます。
もし、1日あたり8,000円以上の給与が支払われた場合は、傷病手当金は支給されません。
この条件は、会社の就業規則や賃金規程に基づき、病気療養中の休業に対して給与が支払われる場合や、有給休暇を使用した場合に適用されます。
特に、有給休暇を取得した日については、給与が支払われているため傷病手当金の対象とはなりません。
待期期間の3日間を有給休暇で消化することは可能ですが、その3日間は傷病手当金の支給対象には含まれません。
これらの基本的な4つの条件をすべて満たして初めて、傷病手当金の支給対象となり得ます。
傷病手当金がもらえない具体的なケース・理由
基本的な受給条件を踏まえた上で、傷病手当金が具体的にどのようなケースでもらえないのか、その理由をさらに詳しく見ていきましょう。
自分がこれらのケースに当てはまらないか、確認することが重要です。
労災保険の給付を受けている場合
前述の基本的な受給条件でも触れましたが、業務上や通勤途上の傷病については、傷病手当金の対象外です。
これらの傷病は労災保険の管轄となり、労災保険から「休業補償給付」または「休業給付」が支給されます。
労災保険の休業補償給付(または休業給付)は、傷病手当金と同様に、仕事に就くことができない期間の所得を保障する目的の給付です。
そのため、同じ傷病、同じ休業期間に対して、労災保険の休業補償給付と健康保険の傷病手当金を同時に満額受け取ることはできません。
労災保険が優先される仕組みになっています。
- 労災保険から休業補償給付(または休業給付)を受けている期間: 原則として、傷病手当金は支給されません。
- 労災保険の休業補償給付よりも傷病手当金の金額が多い場合: 差額調整が行われ、傷病手当金の一部が支給される場合があります。
ただし、これは労災保険の給付額が傷病手当金の額を下回る場合に限定されます。
労災保険の申請をしている期間や、給付決定待ちの期間であっても、重複して傷病手当金を申請・受給することは原則できません。
万が一、重複して受給してしまった場合は、後日、健康保険側から傷病手当金の返還を求められることになります。
したがって、病気やケガの原因が業務上または通勤途上にあると考えられる場合は、まず会社に報告し、労災保険の申請手続きを進める必要があります。
傷病手当金は、あくまで業務外の傷病に対する制度であることを理解しておきましょう。
国民健康保険に加入している場合
傷病手当金は、健康保険の被保険者を対象とした制度です。
健康保険には、主に会社員やその扶養家族が加入する「被用者保険」(協会けんぽ、健康保険組合、共済組合など)と、自営業者、フリーランス、無職の方などが加入する「国民健康保険」があります。
このうち、国民健康保険には、原則として傷病手当金の制度がありません。
国民健康保険の目的は、病気やケガをした際の医療費の一部を負担することにあり、休業中の所得保障は基本的には含まれていません。
そのため、自営業の方、個人事業主の方、フリーランスの方、パート・アルバイトで会社の健康保険に加入していない方、無職の方で国民健康保険に加入している場合は、病気やケガで仕事を休んでも、この健康保険の傷病手当金は受け取ることができません。
ただし、一部の市区町村が運営する国民健康保険組合や、特定の職種が加入する国民健康保険組合の中には、独自の制度として傷病手当金に類する給付を設けている場合があります。
しかし、これはごく一部の例外であり、一般的な国民健康保険にはありません。
自分が加入している国民健康保険で、独自の傷病手当金制度があるかどうかについては、お住まいの市区町村の国民健康保険担当窓口や、加入している国民健康保険組合に直接確認する必要があります。
国民健康保険加入者が病気やケガで働けなくなった場合の所得保障については、後述の他の制度を検討する必要があります。
健康保険の被保険者期間が不足している場合(退職後)
傷病手当金は、在職中に病気やケガが発生し、仕事を休んだ場合に支給されるのが原則です。
しかし、一定の条件を満たせば、会社を退職した後も傷病手当金の支給を継続して受けられる場合があります。
これを「傷病手当金の継続給付」といいます。
傷病手当金の継続給付を受けるためには、以下の条件をすべて満たす必要があります。
- 退職日の前日まで、継続して1年以上の被保険者期間があること: ここでいう「被保険者期間」は、同じ健康保険の種類(例:協会けんぽから協会けんぽへ、または協会けんぽから〇〇健康保険組合へなど)でなくても構いません。
ただし、健康保険の被保険者として継続して1年以上である必要があります。
任意継続被保険者期間や国民健康保険の期間は含まれません。 - 退職日時点で、傷病手当金を受けているか、または受けることができる状態(待期期間を満たしている)であること: 退職日よりも前に、傷病手当金の受給が開始されているか、少なくとも待期期間の3日間を満たしており、退職日以降も引き続き労務不能である状態である必要があります。
- 退職日以降も、引き続き労務不能であること: 病気やケガの状態が改善せず、退職後も仕事に就くことができない状態が続いている必要があります。
これらの条件のうち、特に「退職日の前日まで、継続して1年以上の被保険者期間がない場合」は、たとえ退職日時点で傷病手当金の受給資格があっても、退職後の継続給付は受けられません。
例えば、会社に入社して半年で病気になり、傷病手当金を受給し始めたものの、病状が改善せず1年経たずに退職した場合、退職後は傷病手当金の継続給付は受けられないということになります。
退職後の傷病手当金の申請を考えている場合は、自分の健康保険の被保険者期間が1年以上あるか、退職日時点で傷病手当金の受給要件を満たしているかを必ず確認しましょう。
傷病手当金の支給期間(最長1年6ヶ月)を超えた場合
傷病手当金には、支給を受けられる期間に上限が設けられています。
同一の病気やケガ、またはこれに関連する病気やケガ(例えば、うつ病から適応障害に診断が変わった、腰のヘルニアで手術後、足の痺れが残っているなど)については、支給を開始した日から最長で1年6ヶ月です。
この期間を「支給期間」といいます。
この1年6ヶ月は、実際に傷病手当金が支給された期間だけでなく、待期期間を満たして傷病手当金の支給対象となった日(支給開始日)から数えて暦日(土日祝日を含む連続した期間)で計算されます。
たとえ、その期間中に一時的に仕事に復帰したり、傷病手当金の支給対象とならない日(給与が支払われた日など)があったとしても、最初の支給開始日から1年6ヶ月が経過すると、その傷病に関する傷病手当金の支給は終了します。
例えば、2023年4月1日から傷病手当金の支給が始まった場合、その傷病に関する傷病手当金は、原則として2024年9月30日までが支給期間となります。
この期間内に病状が回復せず、1年6ヶ月が経過した後も労務不能の状態が続いているとしても、傷病手当金はそれ以上支給されません。
以前は、途中で就労可能となった期間は支給期間にカウントされませんでしたが、法改正により現在は支給開始日から暦日で1年6ヶ月となりました。
これにより、以前よりも支給期間が短くなるケースが発生しています。
支給期間の計算は少し複雑に感じるかもしれませんが、重要なのは「支給が始まった日」から「最長で1年6ヶ月」という期間の上限があるということです。
この期間を超えて療養が必要な場合は、傷病手当金以外の制度や手段を検討する必要があります。
労務不能と認められない場合(医師の証明がないなど)
「仕事に就くことができない(労務不能)」であることは、傷病手当金の最も重要な受給条件の一つです。
この労務不能であることの判断は、主に医師の診断書に基づいて行われます。
傷病手当金の申請書には、医師が病状や労務不能の期間などを記載する欄があります。
ここで医師が「労務可能」と診断している場合や、診断書の内容から客観的に見て仕事ができない状態ではないと判断される場合は、傷病手当金は支給されません。
例えば、軽微な症状で数日休んだ場合でも、医師が「特に休業の必要はない」と判断すれば、労務不能とは認められない可能性があります。
また、病気やケガで仕事を休んでいても、医療機関を受診せず、医師の診断書がない場合も、労務不能であることの客観的な証明ができないため、傷病手当金は受け取れません。
自己判断での休業期間は、原則として傷病手当金の支給対象外となります。
さらに、医師が労務不能と診断していても、健康保険組合などの保険者が提出された診断書や申請内容を審査し、総合的に判断した結果、労務不能とは認められないと判断する場合も稀にあります。
例えば、申請内容に矛盾があったり、実際の病状が診断書の内容と乖離していると疑われるような場合などが考えられます。
傷病手当金を申請する際は、必ず医師に相談し、現在の病状や仕事への影響について正確に伝え、適切な診断書を作成してもらうことが重要です。
また、必要に応じて、自分の業務内容を医師に説明することも、労務不能の判断を正確に行ってもらう上で役立つことがあります。
休業期間中に給与の一部または全部が支払われた場合
「休業した期間について給与の支払いがないこと」という条件も、傷病手当金の受給において重要です。
すでに基本的な受給条件で触れましたが、休業期間中に事業主から給与が支払われた場合、その金額によって傷病手当金の支給額が調整されるか、全く支給されなくなるかのどちらかになります。
- 休業期間中に支払われた1日あたりの給与額 < 傷病手当金の1日あたりの支給額: 傷病手当金は、傷病手当金の額から支払われた給与額を差し引いた差額が支給されます。
- 休業期間中に支払われた1日あたりの給与額 ≧ 傷病手当金の1日あたりの支給額: 傷病手当金は支給されません。
これは、傷病手当金が生活保障の目的であり、すでに十分な所得がある期間には給付の必要がないという考え方に基づいています。
具体的には、以下のようなケースが該当します。
- 病気休暇制度により、休業中も基本給の一部または全額が支払われた場合: 会社の就業規則や給与規程で、病気療養のための休業期間に給与が支払われる定めがある場合です。
支払われた給与額が傷病手当金の額よりも多ければ、その期間の傷病手当金は支給されません。 - 有給休暇を取得して休んだ日: 有給休暇を取得した日は、通常通り給与が支払われます。
したがって、有給休暇を使った日については、傷病手当金の対象にはなりません。
待期期間の3日間を有給休暇で充てることは可能ですが、その3日間は傷病手当金の支給対象外です。 - 賞与(ボーナス)が支払われた場合: 賞与は、原則として傷病手当金の支給額に影響を与えません。
傷病手当金の支給額は、休業1日あたりの標準報酬日額に基づいて計算されるため、賞与の支払いがあっても、休業期間中の給与(月々の給与)が支払われていなければ、傷病手当金は通常通り支給されます。
ただし、一部の健康保険組合では独自の規定がある場合もあるため、確認が必要です。
傷病手当金の申請書には、事業主が休業期間中の給与支払状況を証明する欄があります。
ここに給与が支払われたことが記載されていれば、健康保険組合はそれに基づいて傷病手当金の支給額を調整または不支給と判断します。
自営業やフリーランス、無職の場合
「国民健康保険に加入している場合」の項目でも触れましたが、傷病手当金は健康保険(被用者保険)の制度です。
したがって、以下のような方は、原則として健康保険の被保険者ではないため、傷病手当金を受け取ることができません。
- 自営業の方: 国民健康保険または国民健康保険組合に加入しています。
- フリーランスの方: 同上。
- 無職の方(国民健康保険に加入している方): 同上。
- パート・アルバイトで、会社の健康保険の加入条件を満たしていない方: 同上。
これらの国民健康保険加入者が病気やケガで働けなくなった場合の所得保障については、公的な制度としては傷病手当金はありません。
ご自身の貯蓄や、必要に応じて後述する他の公的な支援制度を検討する必要があります。
ただし、会社を退職して無職となり、健康保険の任意継続被保険者となっている場合は、一定の条件を満たせば傷病手当金の対象となり得ます。
任意継続被保険者は、退職後も最長2年間、退職時の健康保険に継続して加入できる制度です。
この任意継続被保険者期間中に業務外の事由で病気やケガになり、労務不能となった場合で、かつ退職日までに継続して1年以上の被保険者期間があるなどの要件を満たせば、傷病手当金の支給を受けられる可能性があります。
病気やケガの開始日が退職後の場合(任意継続被保険者を除く)
傷病手当金は、健康保険の被保険者資格がある間に発生した病気やケガが原因で、仕事を休んだ場合に支給されるのが原則です。
したがって、すでに会社を退職し、被保険者資格を失った後に、新たに病気やケガが発生し、それが原因で仕事に就けなくなったとしても、傷病手当金は支給されません。
これは、すでに健康保険の制度から離れているためです。
この原則には、「傷病手当金の継続給付」という例外があります。
すでに説明したように、退職日までに継続して1年以上の被保険者期間があり、退職日時点で傷病手当金の受給資格を満たしているか、または受けることができる状態であった場合は、退職後も最長1年6ヶ月間、その傷病に対する傷病手当金の支給を受けられる可能性があります。
また、任意継続被保険者として健康保険に加入している期間中に、新たに業務外の事由で病気やケガが発生し、労務不能となった場合も、被保険者期間中の傷病発生となるため、傷病手当金の支給対象となり得ます。
ただし、この場合も、退職日までに継続して1年以上の被保険者期間が必要となるなどの条件があります。
まとめると、病気やケガの「発生日」が健康保険の被保険者資格喪失後である場合は、原則として傷病手当金はもらえません。
例外として、退職後の継続給付(在職中に発生した傷病に対するもの)と、任意継続被保険者期間中の新たな傷病に対するものが考えられますが、それぞれに所定の条件があります。
よくある疑問:うつ病や精神疾患で傷病手当金はもらえる?
傷病手当金の対象となる病気やケガは、身体的なものに限りません。
うつ病や適応障害、統合失調症などの精神疾患も、医師によって「仕事に就くことができない状態(労務不能)」であると診断されれば、傷病手当金の支給対象となり得ます。
近年、精神的な不調を抱える方が増加しており、うつ病などでの傷病手当金の申請も増えています。
精神疾患による休業でも、基本的な傷病手当金の受給条件(業務外の事由、労務不能、待期期間、給与の支払いがないこと)をすべて満たせば、支給を受けることができます。
うつ病での受給条件と注意点
うつ病などの精神疾患で傷病手当金を受給する際の基本的な条件は、身体的な病気の場合と変わりません。
しかし、精神疾患特有の難しさや注意点があります。
- 労務不能の判断: 精神疾患の場合、客観的な検査数値などで病状を測ることが難しく、労務不能であるかどうかの判断は、医師の診察に基づき、患者からの聞き取りや病状の経過、日々の状態などを総合的に考慮して行われます。
診断書の内容が非常に重要になります。 - 医師との連携: うつ病などの治療においては、患者と医師の間の信頼関係と密な連携が不可欠です。
傷病手当金の申請にあたっても、現在の病状、仕事の内容、休業が必要な理由、今後の治療方針などについて、医師と十分に話し合うことが大切です。
医師が労務不能と判断し、その旨を診断書に記載してもらうことが、申請の第一歩となります。 - 病状の波: 精神疾患の病状は、日によって、あるいは時間によって変動することが少なくありません。
「調子の良い日もあるけれど、仕事に必要な集中力や体力が持続しない」「人とのコミュニケーションが難しい」「朝起き上がれない」など、病状の具体的な状態を医師に正確に伝えることが、適切な労務不能の判断につながります。 - 寛解・回復に向けて: 傷病手当金は、治療によって病状が改善し、仕事に復帰できるようになるまでの期間を支援する制度です。
治療が進み、医師が「復職可能」と判断した場合は、傷病手当金の支給は終了となります。
復職支援プログラムなどを利用しながら、段階的な復帰を目指すことも重要です。 - プライバシーへの配慮: 傷病手当金の申請手続きを通じて、病名や病状が会社や健康保険組合に知られることになります。
特に精神疾患の場合、プライバシーへの懸念を持つ方もいるかもしれません。
健康保険組合には守秘義務がありますが、会社とのやり取りについては、信頼できる会社の担当者と十分にコミュニケーションを取っておくことが望ましいでしょう。
うつ病をはじめとする精神疾患での傷病手当金申請は、身体疾患の場合と比べて、労務不能の証明がより丁寧な診断書と医師との連携に依存する傾向があります。
不明な点は、必ず主治医や会社の担当者、加入している健康保険組合に相談してください。
傷病手当金以外で利用できる可能性のある制度
病気やケガで仕事を休むことになり、傷病手当金の対象とならない場合や、傷病手当金の支給期間が終了した場合でも、状況によっては利用できる可能性のある公的な制度がいくつかあります。
傷病手当金がもらえないからといって諦めず、他の制度の利用を検討してみましょう。
労災保険の休業補償給付
すでに触れましたが、業務上や通勤途上の病気やケガによって仕事ができなくなった場合は、健康保険の傷病手当金ではなく、労災保険から「休業補償給付」または「休業給付」が支給されます。
これは、療養のために労働することができないために賃金を受けていない日が対象となります。
支給額は、原則として給付基礎日額(賃金日額に相当)の80%(休業補償給付60%+休業特別支給金20%)です。
もし、病気やケガの原因が仕事や通勤にある可能性がある場合は、まずは会社に報告し、労災保険の手続きについて確認してください。
自己判断で健康保険の傷病手当金を申請するのではなく、労災保険の適用となるかどうかの判断を仰ぐことが重要です。
雇用保険の基本手当(失業給付)
会社を退職した後に、病気やケガによってすぐに働くことができない状態である場合、本来であれば雇用保険の基本手当(いわゆる失業保険)の受給資格期間は、原則として離職日の翌日から1年間と定められています。
この期間内に病気やケガが回復し、求職活動ができるようになれば、基本手当を受給できます。
しかし、この1年間の受給期間内に病気やケガで30日以上働くことができない状態が続いた場合は、申請により受給期間を最長3年間(元の1年間+延長3年間で合計4年間)延長することができます。
これにより、病気やケガが回復してから落ち着いて求職活動を行うことが可能になります。
また、傷病手当金の支給期間が終了し、すぐに仕事に復帰できないものの、一定期間の療養を経て求職活動が可能になる見込みがある場合は、雇用保険の基本手当(失業給付)を検討することになります。
ただし、雇用保険の基本手当は「働く意思と能力があり、積極的に求職活動を行っているにもかかわらず就職できない状態」に対して支給されるものです。
したがって、病気やケガが完全に回復しておらず、「働く能力がない」と判断される状態では、基本手当は受給できません。
完全に治癒した、または就職可能な程度に回復した後に、ハローワークで求職の申込みを行い、基本手当の受給手続きを進めることになります。
退職後の病気・ケガにおける傷病手当金と雇用保険の基本手当は、同時期に両方を受け取ることは原則できません。
傷病手当金は「仕事ができない状態」に対する給付、基本手当は「仕事ができるが就職できない状態」に対する給付と、性質が異なるためです。
生活困窮者自立支援制度など
病気やケガによる休業や離職により、経済的に困窮してしまった場合、傷病手当金やその他の公的な給付を受けられない状況でも、利用できる可能性のある支援制度がいくつかあります。
「生活困窮者自立支援制度」は、離職や減収などにより経済的に困窮し、最低限度の生活を維持できなくなるおそれのある方に対し、自治体が相談支援員とともに自立に向けた支援プランを作成し、さまざまな支援を行う制度です。
住居確保給付金(家賃相当額を支給)や、自立相談支援事業などが主な内容です。
病気やケガで働けない状況についても相談に乗ってもらえます。
また、医療費の支払いが困難な場合は、高額療養費制度の利用や、医療費の減免制度(自治体による)なども検討できます。
さらに、最終的なセーフティネットとして生活保護制度があります。
これは、病気やケガなどで働くことができず、資産や能力、他の制度の利用、扶養義務者からの援助など、あらゆるものを活用してもなお生活に困窮する場合に、国が憲法に定める健康で文化的な最低限度の生活を保障する制度です。
ただし、生活保護の受給には厳格な要件があり、傷病手当金など他の公的な給付や、利用できる資産(貯金、不動産など)がある場合は、まずそちらを優先して活用する必要があります。
経済的な困難に直面した場合は、一人で抱え込まず、まずは市区町村の社会福祉協議会や福祉担当窓口、ハローワークなどに相談してみることをお勧めします。
専門家が状況に応じて利用できる制度やサービスを案内してくれます。
制度名 | 対象者 | 傷病原因 | 主な目的 | 支給期間/上限 | 申請先/相談先 | 傷病手当金との関係 |
---|---|---|---|---|---|---|
傷病手当金 | 健康保険(被用者保険)被保険者 | 業務外の傷病 | 休業中の所得保障 | 最長1年6ヶ月(暦日) | 加入している健康保険組合等 | 基本的に同時期に両方受給不可。労災優先。 |
労災保険休業補償給付 | 労災保険加入者(労働者) | 業務上または通勤災害 | 休業中の所得保障 | 治癒または症状固定まで | 会社の担当者、労働基準監督署 | 基本的に労災が優先。差額調整あり。 |
雇用保険基本手当 | 雇用保険受給資格者(求職活動可能な状態) | 病気やケガによる離職後 | 求職期間中の所得保障 | 原則離職後1年(延長可) | ハローワーク | 病気等で求職活動が困難な場合、受給期間の延長が可能。同時期に両方受給不可。 |
生活困窮者自立支援制度 | 経済的に困窮している方 | 離職、減収など | 自立に向けた支援 | 制度による | 市区町村の福祉担当窓口など | 傷病手当金等、他の制度を利用してもなお困窮する場合に検討。 |
生活保護制度 | 最低限度の生活を維持できない方 | 不問 | 最低生活の保障 | 困窮が続く限り | 市区町村の福祉担当窓口など | 傷病手当金等、他の制度や利用できる資産がない場合の最後のセーフティネット。 |
※上記の表は一般的な内容であり、詳細な条件や運用は各制度や自治体によって異なる場合があります。
まとめ:傷病手当金がもらえないケースを知り、適切な対応を
傷病手当金は、病気やケガで働けない期間の経済的な不安を軽減してくれる、会社員にとって非常に重要な制度です。
しかし、この記事で解説したように、受給するためには「業務外の傷病であること」「労務不能であること」「待期期間を満たすこと」「給与の支払いがないこと」という基本的な4つの条件をすべて満たす必要があります。
これらの条件を満たさない場合や、特定の状況(労災との重複、国民健康保険への加入、被保険者期間不足、支給期間超過、労務不能と認められない、給与支払いがある、退職後の傷病発生など)では、残念ながら傷病手当金は支給されません。
特に、自分が健康保険(被用者保険)に加入しているか、病気やケガの原因が業務上ではないか、医師は労務不能と判断しているか、そして休業期間中に会社から給与が支払われていないか、といった点は、傷病手当金を受け取れるかどうかの重要な分かれ目となります。
うつ病などの精神疾患についても、身体的な病気と同様に労務不能であれば対象となりますが、労務不能の証明には医師とのより密な連携が求められます。
もし、自分が傷病手当金の対象となるか判断に迷う場合や、申請したがもらえなかったという場合は、まずは会社の担当者か、ご自身が加入している健康保険組合(または協会けんぽの支部)に相談してみましょう。
正確な情報に基づいて判断してもらうことが、適切な対応につながります。
また、傷病手当金がもらえない場合でも、労災保険の休業補償給付や、退職後の雇用保険の受給期間延長、あるいは生活困窮者自立支援制度など、利用できる可能性のある他の公的な制度が存在します。
経済的な困難に直面した際は、一人で抱え込まず、市区町村の窓口などに相談し、利用できる支援がないか確認することが大切です。
傷病手当金をはじめとする社会保障制度は、私たちの生活を支えるセーフティネットです。
制度を正しく理解し、万が一の事態に備えることで、安心して療養に専念し、社会復帰を目指すことができるでしょう。
免責事項:
この記事は傷病手当金に関する一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する専門的なアドバイスを提供するものではありません。
傷病手当金の申請や受給に関する具体的な判断や手続きについては、必ずご自身が加入している健康保険組合、協会けんぽ、または会社の担当者にご確認ください。
制度は法改正により変更される可能性があります。
また、病状や労務不能の判断は個々の状況や医師の判断に依存します。
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