「最近、疲れが抜けなくて体力が落ちた気がする…」
「病気をしてから、なかなか元気が出ない」
「顔色が悪く、手足が冷えるのが悩み」
このようなお悩みをお持ちではありませんか?もしかしたら、その不調は「気」と「血」が不足しているサインかもしれません。十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)は、そんな気血の不足を補い、心身のバランスを整える手助けをしてくれる漢方薬です。
この記事では、十全大補湯の効果や構成生薬、どのような体質の人に向いているのか、そして服用する上での注意点や禁忌まで、専門家の視点から詳しく解説します。ご自身の体質と照らし合わせながら、十全大補湯が今のあなたに合っているかを確認していきましょう。
十全大補湯とは?|歴史と基本的な考え方
十全大補湯は、漢方医学で「補剤(ほざい)」と呼ばれる、体の不足を補う薬の代表的な処方の一つです。その歴史は古く、中国の宋の時代に編纂された医学書『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』に初めて収載されました。
名前の「十全」は「完全無欠」、「大補」は「大きく補う」という意味を持ち、その名の通り、消耗した心身を「完全に、大きく補う」ことを目的としています。特に、生命活動の根源的なエネルギーである「気(き)」と、全身に栄養を運び潤す「血(けつ)」の両方が著しく不足した「気血両虚(きけつりょうきょ)」の状態を改善するために用いられます。
大病や手術の後、あるいは慢性的な疲労によって衰弱した体を、根本から立て直す力強い味方として、古くから重宝されてきた漢方薬です。
十全大補湯の効果・効能|どんな症状に?
十全大補湯は、気と血を同時に補うことで、全身のさまざまな不調を改善します。その核となる考え方が「気血双補」です。
気血双補とは?|十全大補湯の補益作用
漢方では、私たちの体は「気」「血」「水(すい)」の3つの要素で構成されていると考えます。
- 気(き): 目に見えない生命エネルギー。体を温め、内臓の働きを活発にし、外敵から体を守る(免疫機能)などの役割を担います。
- 血(けつ): 全身の組織や器官に栄養を与え、潤す物質。西洋医学の血液に近い概念ですが、精神活動を支える働きも含まれます。
「気血双補(きけつそうほ)」とは、この「気」と「血」の両方が不足した状態(気血両虚)を、同時に補う治療法のことです。気が不足すると(気虚)、疲れやすい、食欲がない、息切れがするといった症状が現れます。一方、血が不足すると(血虚)、顔色が悪い、めまい、動悸、皮膚の乾燥、髪のトラブルなどが起こりやすくなります。
十全大補湯は、これら両方の側面からアプローチすることで、総合的に体力を回復させ、心身の機能を高める効果が期待できます。
主な効果・適用症状
十全大補湯は、以下のような症状や状態の改善に用いられます。
- 病後・術後の体力低下: 大きな病気や手術で消耗した体力の回復を助けます。
- 疲労倦怠: 何をしても疲れが取れない、常にだるさを感じる。
- 食欲不振: 胃腸の働きが弱り、食欲がわかない。
- 寝汗: 眠っている間にじっとりと汗をかく。
- 手足の冷え: 血行が悪く、手足の末端が常に冷たい。
- 貧血: めまい、立ちくらみ、顔色が青白いといった貧血症状。
- 皮膚の乾燥・トラブル: 肌がカサカサする、潤いがなく、荒れやすい。
これらの症状は、一つだけでなく複数が同時に現れることが多く、十全大補湯はそうした複合的な不調に対して効果を発揮します。
十全大補湯の構成生薬|配合成分の解説
十全大補湯は、以下の10種類の生薬から構成されています。この処方は、気を補う「四君子湯(しくんしとう)」と、血を補う「四物湯(しもつとう)」という2つの基本的な漢方薬を合方し、さらに2つの生薬を加えたものです。
グループ | 生薬名 | 主な働き |
---|---|---|
四君子湯(気を補う) | 人参(にんじん) | 元気を補い、胃腸の働きを高める。 |
白朮(びゃくじゅつ) | 胃腸を丈夫にし、余分な水分を取り除く。 | |
茯苓(ぶくりょう) | 精神を安定させ、余分な水分を排出する。 | |
甘草(かんぞう) | 諸薬を調和させ、急迫症状を和らげる。 | |
四物湯(血を補う) | 地黄(じおう) | 血を補い、体を潤す。 |
当帰(とうき) | 血を補い、血行を促進する。体を温める。 | |
芍薬(しゃくやく) | 血を補い、筋肉の緊張を和らげ、痛みを止める。 | |
川芎(せんきゅう) | 血行を促進し、気の巡りを良くする。 | |
追加生薬 | 黄耆(おうぎ) | 気を強く補い、体の表面を守る力を高める。 |
桂皮(けいひ) | 体を温め、血行を良くする。 |
このように、「四君子湯」でエネルギー(気)を、「四物湯」で栄養(血)を補給し、さらに黄耆と桂皮がその働きを強力にサポートすることで、「十全大補湯」の優れた補益作用が生まれます。
十全大補湯がおすすめの体質・人
十全大補湯は、以下のような特徴を持つ「気血両虚」タイプの人に特に適しています。
- 虚弱体質で慢性的に疲れやすい人: 少し動いただけですぐに息切れしたり、横になりたがったりする。
- 病後や手術後でなかなか体力が回復しない人: 食欲もなく、顔色も優れない状態が続いている。
- 貧血気味で顔色が悪い人: 顔色や唇の色が白っぽく、めまいや立ちくらみを起こしやすい。
- 冷え性で食欲不振な人: 手足が冷たく、温かいものを好むが、たくさん食べられない。
- 高齢で心身の衰えを感じている人: 全体的な体力低下、気力の減退が見られる。
- 産後で体力が落ちている女性: 出産による気血の消耗が激しい場合。
もしご自身がこれらの特徴に当てはまるなら、十全大補湯が助けになるかもしれません。
十全大補湯の禁忌・注意点|飲んではいけない人
十全大補湯は優れた補剤ですが、誰にでも合うわけではありません。体質や状態によっては、かえって不調を招くこともあるため、注意が必要です。
どんな体質・症状の人は避けるべき?
以下のような方は、服用を避けるか、事前に専門家へ相談してください。
- 体力が充実している人: いわゆる「実証」タイプの方。必要以上に補うことで、かえって体のバランスを崩し、のぼせやイライラなどを引き起こす可能性があります。
- 胃腸が非常に弱い人: 構成生薬の地黄などは、人によっては胃にもたれることがあります。食欲不振や胃の不快感が強まる場合は中止が必要です。
- 体に熱がこもっている人: 顔が赤くのぼせやすい、口が渇く、便秘気味など、体に熱の症状がある人が飲むと、その症状を悪化させる可能性があります。
風邪や急性疾患の時に飲める?
風邪のひき始めや、インフルエンザなどで発熱している時には、原則として服用を中止します。
十全大補湯は体を補う力が強いため、病気の原因となる「邪気(じゃき)」を体内に閉じ込めてしまい、症状を長引かせてしまう可能性があるからです。まずは風邪の治療に専念し、回復期に入って体力が落ちている場合に服用を再開するのが一般的です。
生理中に飲んでも大丈夫?
十全大補湯は血を補う作用があるため、生理中の貧血対策として用いられることもあります。しかし、個人の体質や状態によって判断が異なります。
血行を促進する生薬も含まれるため、元々経血量が多い人が飲むと、出血量がさらに増えてしまう可能性もゼロではありません。生理中の服用については、自己判断せず、必ず漢方に詳しい医師や薬剤師に相談しましょう。
上火する可能性はある?|副作用について
体質に合わない場合や、過剰に服用した場合に副作用が現れることがあります。
- 上火(じょうか): 補う力が強すぎた結果、余分な熱が上半身にこもり、のぼせ、ほてり、頭痛、不眠、イライラ、口内炎などの症状が出ることがあります。
- 消化器症状: 胃部不快感、食欲不振、吐き気、下痢、腹痛など。
- 皮膚症状: 発疹、発赤、かゆみなど。
このような症状が現れた場合は、すぐに服用を中止し、処方を受けた医師や薬剤師に相談してください。
十全大補湯の正しい飲み方・タイミング
十全大補湯には、病院で処方される医療用のほか、薬局で購入できる一般用のエキス顆粒剤・錠剤と、生薬を煮出して飲む煎じ薬があります。
- 服用タイミング: 一般的には、胃の中に食べ物がない「食前(食事の30分~1時間前)」または「食間(食事と食事の間、食後2時間程度)」に服用します。これにより、有効成分の吸収が良くなると考えられています。
- 飲み方: 水または白湯(さゆ)で服用するのが基本です。胃腸が弱い方は、ぬるま湯で飲むと負担が少ないでしょう。
個人の生活リズムに合わせて、飲み忘れないタイミングで継続することが大切です。
十全大補湯の基本的な作り方・煎じ方
漢方薬局などで煎じ薬として処方された場合は、ご家庭で煮出して服用します。
- 土瓶やホーロー鍋、ガラス鍋(鉄やアルミは避ける)に、1日分の生薬と指定された量の水(約600mlが一般的)を入れます。
- 30分~1時間ほど水に浸しておくと、成分が抽出されやすくなります。
- 強火にかけ、沸騰したら弱火にし、水の量が半分から3分の1程度になるまで約30~40分煮詰めます。
- 火を止めて、茶こしなどでカスをこしながら、出来上がった煎じ薬を容器に移します。
- これを1日2~3回に分けて、温かいうちに服用します。
手間はかかりますが、香りも良く、エキス剤よりも高い効果が期待できるとされています。
免責事項
本記事は情報提供を目的としており、医学的診断や治療に代わるものではありません。漢方薬の服用にあたっては、必ず医師、薬剤師、または登録販売者にご相談ください。個人の体質や症状により、効果や注意点は異なります。
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