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広汎性発達障害(PDD)とは?特徴・困りごと・接し方を解説

かつて「広汎性発達障害」と呼ばれていた概念は、社会的なコミュニケーションや対人関係の困難、限定された興味や活動といった特徴を広範に含む発達上の特性を指していました。現在では、これらの特性は「自閉スペクトラム症(ASD)」という一つの診断名に統合されています。しかし、「広汎性発達障害」という言葉で特性を認識している方や、関連情報を探している方も多くいらっしゃいます。この記事では、広汎性発達障害の定義や特徴、現在のASDとの関係性、他の発達障害との違い、診断や子供・大人への支援方法について解説します。

「広汎性発達障害(PDD:Pervasive Developmental Disorders)」とは、かつてアメリカ精神医学会が発行する診断基準DSM-IV(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition)において用いられていた診断分類の総称です。この分類には、自閉性障害、アスペルガー障害、小児期崩壊性障害、レット障害、特定不能の広汎性発達障害などが含まれていました。これらの障害に共通するのは、社会性の発達、コミュニケーション能力、行動や興味のパターンにおいて質的な偏りや障害が見られることでした。

現在の診断名「自閉スペクトラム症(ASD)」との関係

2013年に改訂された診断基準DSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition)では、DSM-IVで広汎性発達障害に含まれていた疾患の多くが「自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)」という一つの診断名に統合されました。これは、従来の診断分類がスペクトラム(連続体)上の違いであり、明確に区別することが難しいという臨床的な知見に基づいています。

自閉スペクトラム症(ASD)という診断名は、「自閉的な特性が、知的発達や言語発達の遅れの有無にかかわらず、多様な形で現れるスペクトラムである」という考え方を反映しています。そのため、かつて自閉性障害やアスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害と診断された方の多くは、現在では自閉スペクトラム症(ASD)と診断されることになります。ただし、診断名は変わっても、それぞれの特性や困りごとに対する理解と支援の必要性は変わりません。

「広汎性」の意味

「広汎性(こうはんせい)」とは、「広範囲にわたる」「広く及んでいる」という意味です。広汎性発達障害という名称が使われていたのは、この特性が単一の症状ではなく、社会性、コミュニケーション、興味・行動といった複数の領域にまたがり、個人の発達全般に広く影響を及ぼすことから来ています。つまり、生まれつきの脳機能の偏りによって、様々な側面で定型発達とは異なる特徴が現れることを示していました。

目次

広汎性発達障害の主な特徴(症状)

広汎性発達障害(現在は自閉スペクトラム症:ASD)の主な特徴は、DSM-IVやDSM-5で示されている診断基準に共通する主要な領域で捉えられます。これらの特徴は個人によって現れ方や程度が大きく異なり、「スペクトラム」と呼ばれる理由でもあります。主な特徴は、以下の3つの主要な領域に分類されます。

特徴の3つの主要な領域の詳細

社会性・対人関係の特徴

  • 非言語的なコミュニケーションの困難さ: 視線を合わせることが苦手、
    表情やジェスチャーから相手の気持ちを読み取ることが難しい、
    自分の感情を表情や態度で示すことが少ない、といった特徴が見られます。
  • 対人関係の構築・維持の困難さ: 他者との相互的な関わりが苦手で、一人で過ごすことを好む傾向があります。年齢に応じた友人関係を築くことが難しかったり、遊びや活動に他者を巻き込むことが苦手だったりすることがあります。他者の視点に立って物事を考えるのが難しく、状況にそぐわない言動をとってしまうこともあります。
  • 社会的な状況や文脈の理解の難しさ: 場をわきまえることや、その場の暗黙のルールを理解することが難しい場合があります。冗談や皮肉が通じにくい、建前と本音の区別がつかないといったことも見られます。

コミュニケーションの特徴

  • 言葉の発達の遅れや特異性: 言葉が出始めるのが遅い、オウム返しをする、独自の言葉(造語)を使う、特定のフレーズを繰り返す、といった特徴が見られることがあります。かつてのアスペルガー障害のように、言葉の遅れがない場合もありますが、その場合でも言葉の使い方が独特だったり、一方的に話し続けたりすることがあります。
  • 会話のやり取りの困難さ: 相手との間で自然な会話のキャッチボールが難しい、自分の関心のあることだけを一方的に話す、話の意図を理解することが難しい、といった特徴があります。比喩や抽象的な表現を文字通りに受け取ってしまうこともあります。
  • 非言語的コミュニケーションの困難さ: 前述の通り、表情や声のトーン、身振り手振りといった非言語的なサインを理解し、適切に使うことが難しい場合があります。これにより、コミュニケーションの意図が相手に伝わりにくかったり、相手の意図を誤解したりすることがあります。

限定された興味・こだわり・反復行動の特徴

  • 限定された、異常に強くて熱中した興味: 特定の物事(電車、恐竜、特定のキャラクター、数字、歴史上の人物など)に強い興味を示し、それ以外のことにほとんど関心を示さないことがあります。その分野に関する知識は驚くほど豊富であることも少なくありません。
  • 特定の反復的・常同的な行動: 手をひらひらさせる(フラッピング)、体を揺らす、飛び跳ねるなどの常同的な運動や、特定の音を出す、同じ言葉を繰り返すといった行動が見られることがあります。
  • 変化に対する強い抵抗と柔軟性のなさ: 日常生活の手順や習慣、物の配置などに強くこだわり、少しの変化でも強い不安や混乱を感じることがあります。決まった道順や手順を頑なに守ろうとすることも見られます。
  • 感覚刺激への過敏さや鈍感さ: 特定の音や光、匂い、肌触りなどに極端に敏感であったり(感覚過敏)、逆に痛みや温度刺激に気づきにくかったり(感覚鈍感)することがあります。特定の感覚刺激を過度に求めたり避けたりする行動が見られることもあります。

その他の特徴(感覚、運動など)

広汎性発達障害(ASD)の特性は、上記3つの主要な領域以外にも様々な形で現れることがあります。

  • 感覚処理の偏り: 前述の感覚過敏や鈍感さに関連して、特定の音や光、匂い、味、触覚、温度、バランス感覚、固有受容感覚(体の位置や動きに関する感覚)など、様々な感覚刺激に対して定型発達の人とは異なる反応を示すことがあります。これにより、日常生活で困難を感じたり、特定の環境を避けたりすることがあります。
  • 運動の不器用さ: 微細運動(箸を使う、ボタンを留める、字を書くなど)や粗大運動(走る、跳ぶ、ボールを投げる/捕るなど)に不器用さが見られることがあります。体の使い方がぎこちなかったり、体の協調運動が苦手だったりすることがあります。
  • 特定の認知機能の偏り: 全体像を捉えるのが苦手で細部にばかり目が行く、一度に複数の指示を理解するのが難しい、臨機応変な対応が苦手、など、情報処理の仕方に偏りが見られることがあります。一方、特定の分野では驚異的な記憶力や分析力を持つこともあります(サヴァン症候群として知られるような能力)。
  • 感情の調整の難しさ: 自分の感情を認識し、調整することが難しい場合があります。急に感情が爆発したり、感情表現が乏しかったりすることがあります。

これらの特徴は、個人によって組み合わせや程度が大きく異なり、知的障害の有無や言語発達の状況によっても様々です。重要なのは、これらの特徴は病気ではなく、脳機能の特性として理解し、本人や周囲が困らないように適切な対応や支援を考えることです。

年齢別の特徴

広汎性発達障害(現在のASD)の特性は、年齢や発達段階によって現れ方や、それによって生じる困りごとが変化します。それぞれの年齢に応じた特徴を理解し、適切な対応をすることが重要です。

子供(幼児期・学童期)の特徴と親ができること

幼児期や学童期の子供は、家庭や保育園・幼稚園、学校といった集団生活の中で過ごすことが多いため、特に社会性やコミュニケーションに関する特性が目立ちやすくなります。

  • 幼児期:

    • 他の子供と関わって遊ぶよりも、一人遊びを好む傾向が見られることがあります。
    • 目を合わせることが少なかったり、名前を呼んでも振り向かないことがあります。
    • 言葉の発達が遅れる、特定の言葉やフレーズを繰り返す(エコラリア)、自分の要求を言葉で伝えるのが苦手、といったコミュニケーションの困難が見られることがあります。
    • 特定の音や光、物の回転などに強い関心を示したり、特定の遊び方(物を一列に並べるなど)にこだわる様子が見られます。
    • 抱っこされるのを嫌がったり、特定の肌触りの服を着るのを嫌がったりといった感覚過敏が見られることもあります。
  • 学童期:

    • 小学校に入ると、集団行動や友達との関わりが求められる場面が増えるため、社会性の困難がより顕著になることがあります。例えば、休み時間に一人でいることが多い、遊びのルールを理解したり臨機応変に対応したりするのが難しい、友達とのトラブルが多い、といった状況が見られます。
    • 授業中に先生の話を聞き続けるのが難しい、板書を書き写すのが苦手、というよりは、集団での指示理解や、友達との共同学習においてコミュニケーションの難しさからくる困りごとが生じやすい傾向があります。
    • 特定の教科やテーマに異常なほど詳しくなる一方で、興味のないことには全く関心を示さないといった、興味の偏りが見られます。
    • 学校の行事や普段と違う予定に対して強い不安を感じたり、登校を渋ったりすることがあります。

親ができること:
親は子供の最も身近な理解者でありサポーターです。

  • 特性を理解する: 子供の「困った行動」の背景にある特性を理解することが第一歩です。本人に悪気があるのではなく、脳機能の特性ゆえの言動であることを理解しましょう。
  • 環境を調整する: 子供が落ち着いて過ごせる物理的な環境や、見通しが立ちやすいようにスケジュールを視覚的に提示するなど、環境を調整することで困りごとを減らすことができます。
  • 具体的に、分かりやすく伝える: 曖昧な指示や比喩表現は避け、具体的に、短い言葉で伝えましょう。必要に応じて、絵や文字、ジェスチャーなどを活用することも有効です。
  • 肯定的な声かけを増やす: 子供ができたこと、頑張ったことを具体的に褒め、自信につなげることが大切です。「〇〇ができたね!」「頑張って取り組んだね!」といった具体的な言葉を選びましょう。
  • ソーシャルスキルトレーニング(SST): 遊びや会話の中で、社会的なルールやコミュニケーションの方法を具体的に教える練習を取り入れることも有効です。
  • 専門家や学校と連携する: 困りごとが続く場合は、専門機関に相談したり、学校の先生やスクールカウンセラーと連携したりして、適切な支援体制を構築することが重要です。

子供向けチェックリスト(例)

これは簡易的なチェックリストであり、診断に代わるものではありません。あくまで参考として、専門機関への相談のきっかけとして活用してください。

項目 はい いいえ
目が合いにくい、視線を避けることが多い
名前を呼んでも反応が薄いことがある
他の子供との関わり合いよりも一人遊びを好む
友達と年齢に応じた遊びをすることが難しい
自分の気持ちや要求を言葉で伝えるのが苦手
言葉の遅れがある、または言葉の使い方が独特
オウム返しをしたり、同じ言葉を繰り返したりする
特定の物事(電車、キャラクターなど)に異常に詳しい・強い興味がある
特定の行動(手をひらひらさせる、体を揺らすなど)を繰り返す
物の配置や日課が変わるのを極端に嫌がる
特定の音や光、肌触りを極端に嫌がったり求めたりする(感覚過敏/鈍感)
体の使い方が不器用に見えることがある

※ 上記はあくまで一般的な傾向であり、これらの項目に当てはまるからといって必ずしも発達障害であるとは限りません。気になる場合は、専門機関にご相談ください。

大人の特徴と日常生活・仕事での困りごと

広汎性発達障害(ASD)の特性は、大人になっても残ります。子供の頃と比べて、社会生活や職業生活において、より複雑な対人関係や臨機応変な対応が求められる場面が増えるため、新たな困りごとが生じたり、子供の頃は目立たなかった特性が顕在化したりすることがあります。

  • 日常生活での困りごと:

    • 友人関係や恋愛関係で、相手の気持ちを理解できずに誤解が生じやすい。
    • 家事や身の回りの整理整頓が苦手で、生活が混乱しやすい。
    • 優先順位をつけるのが難しく、物事を計画通りに進めるのが苦手。
    • 急な予定変更や思いがけない出来事に対応するのが難しい。
    • 金銭管理が苦手な場合がある。
    • 感覚過敏により、特定の場所(人混み、特定の照明の場所など)に行くのが苦痛。
    • 運動の不器用さから、日常生活でぎこちなさを感じることがある。
  • 仕事での困りごと:

    • 職場の人間関係で、同僚や上司とのコミュニケーションがうまくいかない。
    • 暗黙の了解や場の空気を読むのが難しく、失言をしてしまう。
    • 複数の業務を同時にこなすマルチタスクが苦手。
    • 指示が曖昧だと理解できず、作業が進まない。
    • 臨機応変な対応が求められる業務が苦手。
    • 強いこだわりから、柔軟な対応が難しい。
    • 特定の刺激(オフィスの雑音、照明など)に集中力を削がれる。
    • 自分の興味のある業務には没頭できるが、そうでない業務には関心が持てず、効率が落ちる。

共感性の欠如など、大人特有の困りごと

「共感性が欠如している」と見られる言動は、大人になってから対人関係で特に問題になりやすい特性の一つです。しかし、これは感情そのものが欠如しているのではなく、相手の感情や意図を言葉や表情、状況から読み取ることが難しいため、適切な反応ができないことに起因することが多いです。

例えば、相手が困っているときに、感情的に寄り添うよりも、問題解決のための論理的なアドバイスをすぐに始めてしまったり、相手の気持ちに気づかずに自分の関心のある話を続けてしまったりすることがあります。これは「冷たい」「人の気持ちがわからない」と誤解されやすく、人間関係の摩擦の原因となることがあります。

その他にも、以下のような困りごとが見られます。

  • 会話の困難: 自分の関心のある話題を一方的に話し続ける、相手の話の意図を誤解する、話の終わりに気づかずに話し続けてしまう。
  • マイルール: 自分なりのルールや手順に強くこだわり、他者との協調が必要な場面で柔軟に対応できない。
  • 表現のストレートさ: 相手への配慮に欠ける、正直すぎる発言をしてしまう。
  • ストレスや不安: 環境の変化や予期せぬ出来事に対して強い不安を感じやすく、ストレスを溜め込みやすい。

これらの困りごとは、本人の努力不足ではなく、特性によるものです。本人や周囲が特性を理解し、本人に合ったコミュニケーションの方法や環境調整を行うこと、必要に応じて専門的な支援を受けることが、より良い日常生活や職業生活を送る上で非常に重要になります。

ADHD、アスペルガー症候群など他の発達障害との関連性・違い

広汎性発達障害(現在のASD)は、他の発達障害と併存したり、症状が重複したりすることがあります。特に注意欠如・多動性障害(ADHD)や、かつて広汎性発達障害の一部とされていたアスペルガー症候群との関連性や違いについて解説します。

ADHDとの違い

注意欠如・多動性障害(ADHD:Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)は、「不注意(集中力の維持が難しい、忘れ物が多いなど)」「多動性(落ち着きがない、そわそわするなど)」「衝動性(思いつきで行動する、順番を待てないなど)」を主な特徴とする発達障害です。

ASDとADHDは、特性が重複したり併存したりすることがよくあります。DSM-5では、ASDとADHDの両方の診断基準を満たす場合に、両方の診断名がつくことが認められています。

主な違いは以下の通りです。

特徴 広汎性発達障害(ASD)の傾向 ADHDの傾向
対人関係 相互的な対人関係の構築が苦手。一人遊びを好む。場の空気を読むのが難しい。 対人関係でトラブルになることがあるが、関わり自体は求める。衝動的な言動で相手を怒らせてしまう。
コミュニケーション 一方的な会話、言葉の遅れや独特な使い方、非言語サインの理解・使用が苦手。 人の話を聞かずに話し出す、会話に割って入る、多弁。
興味・行動 特定の物事への強いこだわり、反復的な行動、変化を嫌う。 飽きっぽく、次々と新しいものに興味が移る。一つのことに集中し続けるのが苦手。
活動性 活動レベルは様々。過集中が見られることも。 多動性・落ち着きのなさが見られる。
不注意 興味のないことへの不注意は見られるが、強い関心のあることには集中できる。 全般的に集中力の維持が難しい。忘れ物やケアレスミスが多い。
衝動性 衝動的な言動よりも、こだわりに基づく行動が多い。 思いつきで行動する、衝動買いをするなど、衝動性が目立つ。

このように、ASDは「社会性・コミュニケーションの困難と、限定された興味・行動パターン」が中心的な特徴であるのに対し、ADHDは「不注意、多動性、衝動性」が中心的な特徴です。しかし、これらの特性は相互に関連し合うことも多く、両方の特性を持つことで、また異なる困りごとが生じることもあります。

アスペルガー症候群との関係性

アスペルガー症候群は、かつてDSM-IVにおいて広汎性発達障害の一種とされていました。診断基準としては、自閉性障害と同じように社会性とコミュニケーションの質的な障害、および限定された興味・行動パターンがあるものの、臨床的に意味のある言葉の発達の遅れや知的発達の遅れがない点を特徴としていました。

DSM-5で自閉スペクトラム症(ASD)に統合された現在では、アスペルガー症候群という診断名は公式には使われなくなりました。しかし、医学的な文脈以外や、当事者・家族の間では、今でも「アスペルガー」という言葉が、知的障害や言葉の遅れがないASDの特性を指す言葉として使われることがあります。

DSM-5では、ASDの診断に際して、知的な発達や言語機能について評価し、「知的障害を伴う自閉スペクトラム症」「言語の障害を伴う自閉スペクトラム症」といった形で併存する特性を記述するようになりました。これにより、知的レベルや言語能力にかかわらず、自閉的な特性を一つの連続体として捉え、個々の特性や支援ニーズに応じた対応を目指すことになりました。

つまり、アスペルガー症候群は広汎性発達障害という大きな枠組みの中に含まれる診断名の一つであり、現在は自閉スペクトラム症(ASD)という診断名に移行したと理解できます。アスペルガー症候群と呼ばれていた特性を持つ人も、ASDとして必要な支援や理解を得ることができます。

原因と診断方法

広汎性発達障害(ASD)の原因は、現在の医学や科学でも完全に解明されているわけではありません。しかし、多くの研究から、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。診断は、専門家による多角的な評価に基づいて行われます。

原因として考えられていること

現在の研究で最も有力視されているのは、遺伝的な要因環境的な要因が相互に作用し、脳機能の発達に影響を及ぼすという考え方です。

  • 遺伝的要因: ASDの約8割には遺伝的要因が関与していると考えられています。特定の遺伝子の変異や、複数の遺伝子の組み合わせが脳の発達に影響を与えることが示唆されています。ただし、特定の遺伝子を持つからといって必ずASDになるわけではなく、その関与の仕方は複雑です。
  • 環境的要因: 妊娠中や出産前後の様々な要因(例えば、高齢出産、妊娠中の感染症、薬剤の影響、周産期の合併症など)が、遺伝的な素因を持つ人の発症リスクを高める可能性が指摘されています。ただし、特定の環境要因が直接の原因であると断定できるものは少なく、多くの場合は遺伝的な要因と組み合わさって影響すると考えられています。
  • 脳機能の偏り: ASDは、脳の特定の領域(社会性の処理に関わる領域、コミュニケーションに関わる領域など)の構造や機能、あるいは脳内の神経ネットワークの接続性などに定型発達の人とは異なる特徴があることが、脳画像研究などから示されています。これは、生まれつきの脳機能の偏りであり、養育環境や本人の努力不足によって引き起こされるものではありません。

重要な点として、特定のワクチン接種や、親の育て方がASDの原因ではないことが、科学的に明確に否定されています。これらの誤解に基づく情報は、根拠がなく、不必要な不安や偏見を生むため注意が必要です。

診断はどのように行われる?(診断基準:DSM)

広汎性発達障害(ASD)の診断は、専門の医師(児童精神科医、精神科医、神経科医など)や心理士、言語聴覚士などの専門家チームによって行われます。診断は単一の検査で確定するものではなく、様々な情報を総合的に評価して行われます。

診断の際に最も一般的に用いられる基準は、アメリカ精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)です。現在は第5版(DSM-5)が使用されており、ASDは神経発達症群の一つとして分類されています。

DSM-5におけるASDの診断基準の概要は以下の通りです。

  1. 複数の状況において、社会的なコミュニケーションおよび対人的相互作用における持続的な欠陥があること

    • 例えば、非言語的コミュニケーションの異常(視線、表情、身振り)、対人関係の発展・維持・理解の困難さ、感情の相互性の欠如など。
  2. 限定された、反復的な様式の行動、興味、活動があること

    • 例えば、反復的な運動や会話、同一性への固執と変化への抵抗、限定され固定された異常に強い興味、感覚刺激への過敏さや鈍感さなど。
  3. 症状は発達の早期(生後12ヶ月~24ヶ月頃、遅くとも3歳まで)に現れること

    • ただし、社会的要求が発達早期の限定的な能力を超えるまで、特性が明らかにならない場合もある。
  4. これらの症状が、社会や職業その他の重要な機能領域において、臨床的に意味のある障害を引き起こしていること

    • 日常生活や学業、仕事などで具体的な困りごとが生じている必要がある。
  5. これらの障害が、知的障害(知的発達症)や全般性発達遅延ではうまく説明されないこと

    • ASDと知的障害は併存しうるが、それぞれの診断基準に基づいて評価される。

診断プロセスでは、主に以下の方法が用いられます。

  • 保護者や本人への問診: 幼少期からの発達の様子、現在の困りごと、家族歴などを詳しく聞き取ります。
  • 行動観察: 診察室や検査場面での本人の行動や対人交流の様子を観察します。必要に応じて、保育園や学校での様子についても情報収集を行います。
  • 発達検査・知能検査: 知的発達の状況、言語能力、認知の偏りなどを評価するために、様々な検査を行います。例えば、WISC(ウェクスラー児童用知能検査)やWAIS(ウェクスラー成人用知能検査)、新版K式発達検査などが用いられます。
  • 自閉スペクトラム症の評価尺度: ASDの特性の程度を評価するための質問紙や検査(例: ADOS-2、ADI-R、M-CHAT)を用いることがあります。

これらの情報を総合的に判断し、診断基準に照らし合わせて診断が下されます。診断は、本人や家族が特性を理解し、適切な支援につなげるための重要なステップとなります。診断がついてもつかなくても、困りごとに対して適切な対応や支援を考えることが最も大切です。

広汎性発達障害への対応と支援

広汎性発達障害(ASD)の特性は、本人や周囲が特性を理解し、適切な対応や支援を行うことで、困難を軽減し、より本人らしく、社会の中で生き生きと過ごせるようになります。支援は、子供から大人まで、それぞれの年齢やライフステージ、個々の特性やニーズに合わせて行われます。

家庭や学校での関わり方

子供の時期は、家庭と学校が主な生活の場となります。ここでは、特性を理解した上で、子供が安心して過ごし、成長できるように関わる工夫が求められます。

  • 特性の理解に基づく対応:

    • 「わざとやっている」「わがまま」ではなく、脳機能の特性ゆえの行動であることを理解し、感情的にならずに対応する。
    • 子供の感じ方(感覚過敏など)を尊重し、苦手な刺激を避ける、あるいは慣れるための工夫を行う。
    • こだわりや反復行動を無理に止めさせようとせず、安全な範囲で見守る。必要であれば、代替行動を促す。
  • 環境の構造化:

    • 物理的な構造化: 落ち着いて過ごせる場所を作る、物の定位置を決めるなど、視覚的に分かりやすい環境を整える。
    • 時間的な構造化: 1日のスケジュールや活動の流れを絵や文字で提示し、見通しを持てるようにする。予期せぬ変化は事前に伝える。
    • 課題の構造化: 何を、どれだけ、どのように行うかを具体的に示し、課題の終わりを分かりやすくする。
  • コミュニケーションの工夫:

    • 具体的で肯定的な指示を短く伝える。「あれ持ってきて」ではなく「リビングのテーブルの上にある青いコップを持ってきてね」。
    • 比喩や皮肉、曖昧な表現は避け、ストレートな言葉を選ぶ。
    • 言葉だけでなく、絵や文字、写真など視覚的な情報を活用する。
    • 子供の話を最後まで聞き、伝えたい内容を汲み取ろうと努める。
    • できたことや頑張った過程を具体的に褒める。「静かに座って待てたね」「最後まで取り組んだね」など。
  • ソーシャルスキルトレーニング(SST):

    • 家庭や学校生活の中で、友達との関わり方、感情の表現方法、問題解決の方法などを、ロールプレイングなどを通して具体的に学ぶ機会を設ける。
  • 学校との連携:

    • 担任の先生や特別支援教育コーディネーターと積極的に情報交換を行い、家庭と学校で一貫した対応ができるようにする。
    • 個別の教育支援計画や個別の指導計画を作成し、子供の特性に合った支援内容を共有する。

専門機関での相談・支援(療育含む)

家庭や学校だけでの対応が難しい場合や、より専門的な支援が必要な場合は、外部の専門機関に相談することが重要です。

  • 医療機関: 児童精神科、精神科、神経科など。診断を受けるだけでなく、特性に応じた生活上のアドバイスや、二次障害(不安障害、うつ病など)に対する治療、ペアレントトレーニング(保護者向けの支援プログラム)などを受けることができます。
  • 発達障害者支援センター: 発達障害のある本人や家族からの様々な相談に応じ、必要な情報提供や助言、関係機関との連絡調整などを行います。
  • 児童相談所/市町村の発達相談窓口: 乳幼児期から学童期にかけて、子供の発達に関する相談を受け付けています。
  • 保健センター: 乳幼児健診などで発達の遅れなどが指摘された場合に、専門機関への橋渡しなどを行ってくれます。
  • 療育機関: 発達に遅れや偏りのある子供に対し、それぞれの状態に応じた専門的なプログラムを通じて発達を促す支援です。児童発達支援センターや放課後等デイサービスなどがあります。早期に適切な療育を受けることで、社会性やコミュニケーションのスキルを身につけ、将来の可能性を広げることができます。具体的な療育内容には、ABA(応用行動分析)に基づくセラピー、感覚統合療法、言語療法、作業療法などがあります。

専門機関での支援は、本人の発達段階や特性、家族のニーズに合わせてカスタマイズされます。一つの機関だけでなく、複数の機関と連携しながら、多角的な視点からの支援を受けることが望ましいです。

大人の社会参加・就労支援

大人になると、社会生活や職業生活における困りごとが顕在化しやすくなります。本人や周囲が特性を理解し、適切な支援を受けることで、社会参加や就労をスムーズに進めることができます。

  • 自己理解の促進: まずは本人が自分の特性や得意なこと、苦手なことを理解することが大切です。診断を受けた場合は、専門家と共に自己理解を深めます。
  • 相談機関の活用:

    • 発達障害者支援センター: 大人の発達障害に関する専門的な相談や支援機関の情報提供、就労に関する相談などを行っています。
    • 精神保健福祉センター: 精神的な不調や困りごとがある場合に相談できます。
    • 地域障害者活動支援センター: 地域の障害のある方の生活をサポートする施設です。
  • 就労支援:

    • 就労移行支援事業所: 一般企業への就職を目指す障害のある方に対し、働くために必要な知識やスキル向上、企業での実習、就職活動のサポート、就職後の定着支援などを行います。
    • ハローワークの専門援助部門: 障害のある方の就職相談や求人紹介を行っています。発達障害専門の窓口を設けているところもあります。
    • 障害者就業・生活支援センター: 障害のある方の仕事と生活の両面をサポートします。
  • 職場の理解と合理的配慮: 就職した場合は、職場に特性を理解してもらい、働きやすい環境を整えてもらうことが重要です。

    • 特性の開示(オープン就労): 障害や特性を職場に伝え、配慮を求めながら働くスタイルです。
    • クローズ就労: 障害や特性を伝えないで働くスタイルです。
    • 合理的配慮: 障害のある方が、障害のない方と同じように働けるように、事業主が可能な範囲で個別の調整や変更を行うことです(例:業務手順の明確化、指示の出し方の工夫、休憩場所の確保、感覚刺激の軽減など)。
  • コミュニケーションスキルの向上: 必要に応じて、専門機関でSSTを受けたり、コーチングを受けたりして、対人関係やコミュニケーションの方法を学ぶことも有効です。

大人の支援では、就労だけでなく、金銭管理、健康管理、余暇活動、地域での人間関係など、生活全般にわたる困りごとに対処するためのサポートも重要になります。本人の希望や目標を尊重し、一緒に具体的な支援計画を立てていくことが大切です。

まとめ

「広汎性発達障害」は、かつて社会性、コミュニケーション、限定された興味や行動といった広範な領域にわたる特性を指す診断分類でした。現在では、これらの特性は「自閉スペクトラム症(ASD)」という一つの診断名に統合されています。ASDは、これらの特性が連続体として多様な形で現れることを示しています。

ASDの主な特徴は、対人関係や社会的なコミュニケーションの困難さ、そして限定された興味やこだわり、反復行動にあります。これらの特性は、子供から大人まで、それぞれの年齢や環境によって現れ方や困りごとが異なります。感覚の偏りや運動の不器用さなど、その他の特性を伴うこともあります。

原因は単一ではなく、遺伝的要因と環境的要因の複雑な相互作用と考えられており、親の育て方が原因ではありません。診断は、専門医による問診、行動観察、発達検査など、多角的な評価に基づいて行われます。診断基準としては、主にDSM-5が用いられます。

広汎性発達障害(ASD)のある方が、より生きやすい環境を作り、潜在能力を発揮するためには、本人や周囲の特性理解と、適切な支援が不可欠です。家庭や学校では、環境の構造化やコミュニケーションの工夫、SSTなどが有効です。困りごとが大きい場合や専門的な支援が必要な場合は、医療機関、発達障害者支援センター、療育機関などの専門機関に相談することが重要です。大人の場合は、自己理解を進め、就労支援機関や職場の合理的配慮を活用することで、社会参加や就労を円滑に進めることができます。

広汎性発達障害(ASD)の特性を持つ人々は、多様な才能やユニークな視点を持っていることも少なくありません。特性を「問題」として捉えるだけでなく、その人の一部として理解し、強みや得意なことを活かせるような環境を共に作っていくことが、本人にとっても、社会全体にとっても豊かさにつながります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の状態の診断や治療を推奨するものではありません。個別の症状や対応については、必ず医師や専門機関にご相談ください。

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