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双極性障害の原因は幼少期? 関係性や発症リスクを解説

双極性障害の原因は、一つの要因に特定できるものではなく、様々な要素が複雑に絡み合って発症すると考えられています。「幼少期の経験」も、その重要な要因の一つとして近年注目されていますが、それだけで病気が決まるわけではありません。
遺伝的な体質や脳機能の特性、そして幼少期を含む様々な環境要因が相互に影響し合うことで、双極性障害のリスクが高まることがわかっています。

この記事では、双極性障害の原因における幼少期の影響に焦点を当てつつ、他の要因との関連性や、診断・治療における幼少期エピソードの重要性についても詳しく解説します。
ご自身の過去の経験と病気との関連性に不安を感じている方や、双極性障害のメカニズムについて理解を深めたいと考えている方の助けになれば幸いです。

目次

双極性障害の主な原因とは

双極性障害は、気分が高揚する「躁(そう)状態」と気分が沈み込む「うつ状態」を繰り返す精神疾患です。
その原因は完全に解明されているわけではありませんが、現在の研究では複数の要因が複合的に関与していると考えられています。
主な原因として挙げられるのは、以下の3つです。

  • 遺伝的要因: 家族に双極性障害の方がいる場合、発症リスクが高まることがわかっています。
  • 脳機能・構造の要因: 気分や感情のコントロールに関わる脳の領域(扁桃体、前頭前野など)の機能や構造に、双極性障害の方に特有の特徴が見られることがあります。
  • 環境的要因: ストレスの多い出来事や生活環境などが、発症のきっかけや経過に影響を与えると考えられています。幼少期の経験もこの環境要因に含まれます。

これらの要因はそれぞれ独立しているわけではなく、お互いに影響し合いながら、その人の「双極性障害に対する脆弱性(かかりやすさ)」を形成すると考えられています。

双極性障害の遺伝的要因

双極性障害は、遺伝的な影響が大きい精神疾患の一つとされています。
一卵性双生児の研究では、一方が双極性障害の場合、もう一方も発症する確率が数十パーセントに及ぶという報告があります。
これは、遺伝子が全く同じでも発症しない場合があることを意味しており、遺伝のみで発症が決まるわけではないことを示唆しています。

複数の遺伝子が組み合わさって影響すると考えられており、特定の「双極性障害を引き起こす遺伝子」が単独で存在するわけではありません。
遺伝的な要素はあくまで「発症しやすい体質」に関わるものであり、その体質を持っていたとしても、必ずしも病気を発症するわけではありません。

双極性障害の脳機能・構造の要因

双極性障害では、感情や思考、行動を調節する脳の働きに特定の偏りが見られることが研究で示されています。
特に、気分や情動に関わる脳の領域である扁桃体や、思考や判断に関わる前頭前野、海馬などの構造や活動に特徴があることが指摘されています。

これらの脳の機能的な偏りは、気分の波(躁状態とうつ状態)や衝動性、認知機能の変動など、双極性障害の様々な症状と関連していると考えられています。
脳の機能や構造は、遺伝的要因だけでなく、幼少期の経験を含む環境要因によっても影響を受けることがわかっています。

双極性障害の環境的要因

双極性障害の発症や再発には、ストレスやライフイベントなどの環境要因が密接に関わっています。
特に、病気になりやすい体質(遺伝的・脳機能的な脆弱性)を持つ人が、強いストレスにさらされることで発症する、という考え方が有力です。

環境要因には、成人期に経験する失業や人間関係の問題、重要な喪失体験なども含まれますが、近年では特に「幼少期の経験」がその後の精神的な健康、特に双極性障害の発症リスクに大きく関わることが注目されています。
幼少期は脳や心の発達において非常に重要な時期であり、この時期の経験は長期的な影響を及ぼす可能性があるのです。

双極性障害と幼少期の関連性

幼少期の経験、特に逆境的な経験(Adverse Childhood Experiences: ACEs)や養育環境は、その後の精神疾患の発症リスクと関連が深いことが多くの研究で示されています。
双極性障害も例外ではなく、幼少期の経験が発症の「引き金」になったり、病気の経過や重症度に影響を与えたりすることが報告されています。

幼少期の経験が双極性障害リスクを高める研究

国内外の多くの研究で、幼少期に虐待、ネグレクト、家族の精神疾患や薬物依存、家族内の不和などを経験した人は、そうした経験のない人に比べて双極性障害を発症するリスクが高いことが示されています。
例えば、ある研究では、幼少期の逆境体験が多いほど、双極性障害の発症年齢が早まる傾向があることも報告されています。

これらの研究は、単に統計的な関連性を示すだけでなく、幼少期の経験が脳の発達やストレス応答システムに与える影響を通じて、長期的な精神的な脆弱性を形成する可能性を示唆しています。

なぜ幼少期の影響が大きいのか?脆弱性-ストレスモデル

なぜ幼少期の経験が、思春期や成人期に発症する双極性障害に関わるのでしょうか。
これを説明する上で重要な考え方が、「脆弱性-ストレスモデル」です。

このモデルでは、精神疾患は「脆弱性(かかりやすさ)」と「ストレス」の相互作用によって発症すると考えられています。
脆弱性は、遺伝や脳機能などの生物学的な要因に加え、幼少期の経験を通じて形成される心理的・社会的な要因(例:ストレスへの対処能力の低さ、ネガティブな思考パターン、不安定な自己肯定感など)も含まれます。

幼少期は脳が大きく発達する非常に感受性の高い時期です。
この時期に慢性的または強いストレス(虐待、ネグレクト、不安定な養育環境など)にさらされると、脳のストレス応答システムや感情をコントロールする領域の発達に影響が出て、ストレスに対する過敏性が高まったり、感情の調節が難しくなったりする「脆弱性」が形成されると考えられています。

このような脆弱性を持つ人が、思春期以降に受験、就職、人間関係などのストレスに直面した際に、そのストレスにうまく対処できず、双極性障害を発症するリスクが高まる、というメカニズムが想定されています。
つまり、幼少期の経験は直接的な原因というよりは、その後の人生で精神的な健康を維持するための「基盤」に影響を与え、双極性障害に対する「脆弱性」を高める可能性があるということです。

幼少期のトラウマ(ACEs)と双極性障害

特に幼少期の経験の中でも、心に深い傷を残すような出来事、すなわち「トラウマ」は、後の精神疾患の発症と強い関連があることがわかっています。
代表的なものに、先述したACEs(Adverse Childhood Experiences:幼少期の逆境体験)があります。

幼少期のトラウマとは

幼少期のトラウマ(ACEs)には、以下のような様々な種類が含まれます。

ACEの種類例 具体的な内容例
虐待(身体的・心理的) 身体的な暴力、言葉による侮辱や否定、脅迫、性的虐待
ネグレクト 食事・衣服・医療・衛生の不足、情緒的な関心の欠如、放置、適切な監督の欠如
家族機能不全 家族間の激しい争いや暴力、親または同居家族の精神疾患・薬物依存、家族の投獄、家族の自殺
重要な他者との死別 親や兄弟など、養育者や身近な人の予期せぬ死
その他の逆境体験 大規模な災害、重い病気や事故、いじめ、貧困、差別など

これらの経験は、子供の安全感、自己肯定感、他者への信頼感を揺るがし、心身の発達に大きな影響を与えます。

トラウマ体験が精神疾患に与える影響

幼少期のトラウマ体験は、脳の発達、特にストレスへの応答に関わる部位(例:扁桃体、海馬、前頭前野)や、神経伝達物質(例:コルチゾール、セロトニン)のシステムに変化をもたらすことが研究で示されています。
これにより、大人になってからもストレスに対して過敏に反応したり、感情の調節が難しくなったりする傾向が生じやすくなります。

また、トラウマ体験は、自分や他者、世界に対するネガティブな信念(例:「自分は価値がない」「世界は危険だ」「誰も信じられない」)を形成しやすく、これがその後の人間関係や社会生活における困難につながり、新たなストレスを生む悪循環を引き起こすこともあります。

双極性障害とトラウマ・うつ病の関係性

幼少期のトラウマは、双極性障害だけでなく、うつ病、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、パーソナリティ障害など、様々な精神疾患の発症リスクを高めることが知られています。

双極性障害に関しては、特に「うつ状態」の期間が長く、治療抵抗性になりやすい双極性障害II型や、非定型的な経過をたどるケースにおいて、幼少期のトラウマの関与が指摘されることがあります。
トラウマによって形成されたストレスへの過敏性や感情調節の困難さが、気分の波をより不安定にしたり、うつ状態を遷延させたりする可能性があります。

ただし、幼少期のトラウマ体験があったとしても、必ずしも双極性障害を発症するわけではありません。
発症するかどうかは、遺伝的な脆弱性、トラウマ以外の環境要因、そしてその後の回復力(レジリエンス)やサポートシステムの有無など、様々な要因との相互作用によって決まります。

幼少期の愛着形成と双極性障害

幼少期の養育者(主に親)との関わりの中で育まれる「愛着」も、その後の精神的な健康に大きな影響を与えると考えられています。
安定した愛着関係(安心できる基地としての養育者がいること)は、子供が安心して探索し、ストレスに対処する能力を育む基盤となります。

しかし、養育者からの情緒的な関心が乏しかったり、不安定な関わり方をされたり、あるいは虐待やネグレクトによって愛着関係が損なわれたりすると、「不安定型愛着」や「無秩序型愛着」と呼ばれる愛着スタイルが形成されやすくなります。

不安定な愛着スタイルを持つ人は、大人になってからも対人関係において不安や困難を抱えやすく、感情の調節が苦手になる傾向があります。
このような愛着の問題は、双極性障害の発症リスクを高めたり、病気の経過に影響を与えたりする可能性が研究で示唆されています。
特に、躁状態とうつ状態の切り替えが頻繁であったり、人間関係のトラブルを伴いやすかったりするケースで関連が指摘されることがあります。

不適切な養育環境と双極性障害リスク

虐待やネグレクトといった明確なトラウマ体験だけでなく、子供のニーズ(身体的、情緒的、教育的など)を十分に満たさない「不適切な養育環境」も、双極性障害のリスクを高める要因となり得ます。

これには、以下のような状況が含まれます。

  • 情緒的なサポートの不足:親からの愛情や励ましが少なく、感情を表すことが制限される環境
  • 過度な期待やプレッシャー:子供の能力や成績に対して非現実的な、あるいは一方的な期待をかけ続ける環境
  • 家族内のコミュニケーションの問題:対話が少なく、感情的な表現が抑圧される、あるいは逆に常に感情的に不安定な状況
  • 親の精神疾患や慢性的なストレス:親が自身の困難に手いっぱいで、子供に適切な注意やケアを向けられない状況
  • 家庭内の経済的な困難や不安定さ:子供が将来への不安を感じやすく、安定した生活基盤がない状況

このような環境は、子供の自己肯定感を低下させたり、健康的なストレス対処スキルを育む機会を奪ったり、あるいは慢性的な緊張状態を生み出したりします。
その結果、双極性障害に対する心理的・社会的な脆弱性が形成され、発症リスクが高まる可能性があると考えられています。

双極性障害の原因としての幼少期影響の具体例

幼少期の様々な経験が、どのように双極性障害のリスクに関わるのか、具体的な例をいくつか挙げてみましょう。

両親の不和・離婚

子供にとって、両親の間に恒常的な不和や激しい争いがある環境は、非常に大きなストレス源となります。
常に緊張感のある家庭で育つことは、子供の情緒的な安定を損ない、不安や恐怖心を募らせます。
また、両親の葛藤に巻き込まれたり、どちらか一方の味方をするよう求められたりする状況は、子供に罪悪感や混乱をもたらし、他者への信頼感を損なう可能性があります。

離婚自体が直接的な原因となるわけではありませんが、離婚に至る過程での両親の激しい対立や、離婚後の養育者との関係性の不安定さ、経済的な困難などが、子供にとって大きな負担となり、ストレス応答システムや感情調節の発達に影響を及ぼすことが考えられます。

虐待(身体的・心理的)

身体的虐待は、子供の身体的な安全を脅かし、強い恐怖心を植え付けます。
心理的虐待(言葉による否定、無視、過度な非難、感情的な操作など)は、子供の自己肯定感を徹底的に破壊し、「自分は価値がない」「自分は愛されるに値しない」といった根深い信念を形成させます。

これらの経験は、脳の扁桃体(恐怖や不安を感じる部位)を過剰に活性化させ、ストレスホルモン(コルチゾールなど)の分泌異常を引き起こすなど、脳の発達に長期的な影響を与えることが知られています。
結果として、些細なストレスにも過剰に反応したり、感情の起伏が激しくなったり、衝動的な行動をとる傾向が現れやすくなり、これが双極性障害の症状と関連する可能性があります。

ネグレクト(育児放棄)

ネグレクトは、身体的なケア(食事、衛生、医療など)の放棄だけでなく、情緒的な関心の欠如も含まれます。
子供の呼びかけに応じない、感情的なニーズを満たさない、安全に気を配らない、といった状況は、子供に「自分は無視される存在だ」「自分は大切にされない」という感覚を与えます。

情緒的なネグレクトは、子供が自分の感情を理解し、適切に表現し、調節する方法を学ぶ機会を奪います。
また、養育者との間に安心できる愛着関係が築けないため、他者との関係においても不安を感じやすく、孤独感を抱えやすくなります。
このような経験は、感情の調整困難や対人関係の問題につながり、双極性障害の発症や病気の経過に影響を与える可能性があります。

家族からの過度な期待・プレッシャー

子供の能力や成績に対して、親が現実離れした、あるいは子供の意向を無視した過度な期待やプレッシャーをかけ続ける環境も、子供にとって大きな負担となります。
常に評価されることへの不安や、期待に応えられないことへの罪悪感、失敗への恐れは、子供の自己肯定感を揺るがし、完璧主義や自己否定感を強める可能性があります。

このようなプレッシャーは、子供に慢性的なストレスを与え、心身の健康に影響を及ぼします。
特に、躁状態の際に現れる過大な自己評価や衝動的な行動、あるいはうつ状態の際の強い自己否定感や無価値感といった症状と関連する可能性が考えられます。
常に「もっと頑張らなければ」という内的なプレッシャーを抱えている人は、気分の波を経験しやすいかもしれません。

重要な他者との死別・喪失体験

幼少期に、親や兄弟など、自分にとって非常に大切な存在との死別や、予期せぬ別れを経験することも、子供の心に深い傷を残すトラウマとなり得ます。
特に、死別について適切に説明されなかったり、感情を表すことを抑圧されたり、残された家族も大きな悲嘆や混乱の中にいたりする環境では、子供は孤独感や不安を強く感じることになります。

幼少期の喪失体験は、その後の人間関係において、再び失うことへの恐れや、他者との深い絆を築くことへのためらいにつながることがあります。
このような不安感や喪失感への脆弱性は、双極性障害のうつ状態と関連したり、人間関係のストレスを通じて気分の波を引き起こしたりする可能性があります。

学校でのいじめや孤立

家庭環境だけでなく、学校での経験も幼少期の重要な環境要因です。
特に、長期間にわたるいじめや、友達ができずに孤立している状況は、子供の自尊心を傷つけ、社会的なスキルを育む機会を奪い、強いストレスや不安、抑うつ感をもたらします。

いじめによるトラウマや慢性的な孤立は、子供に「自分は受け入れられない存在だ」「他者は自分を傷つける」といった信念を形成させ、その後の対人関係に大きな影響を与えます。
このような経験は、双極性障害の発症リスクを高めるだけでなく、病気になった後の社会的な適応や回復にも影響を与える可能性があります。

これらの具体例は、単独で双極性障害を引き起こすというよりは、遺伝的・脳機能的な脆弱性を持つ子供が、これらの逆境的な環境にさらされることで、病気の発症リスクがより高まったり、病気の経過が複雑になったりする可能性があることを示しています。

双極性障害の原因における幼少期以外の要因との相互作用

双極性障害は、幼少期の経験だけで説明できる病気ではありません。
幼少期の経験が、どのように遺伝や脳機能、そして思春期以降のストレスと相互に作用し合って発症に至るのかを理解することが重要です。

遺伝・脳機能・環境要因の複雑な絡み合い

双極性障害に対する「脆弱性」は、遺伝的に受け継いだ体質や生まれ持った脳の特性だけでなく、幼少期の経験によっても形成されます。
例えば、遺伝的にストレス応答システムが過敏になりやすい体質を持つ子供が、幼少期に虐待を受けた場合、脳のストレス応答システムがさらに過敏になり、大人になってからのストレスに対する反応が強くなる可能性があります。

このように、遺伝、脳機能、そして環境(幼少期の経験を含む)は、単に足し算のようにリスクを積み重ねるのではなく、お互いに影響を与え合い、複雑なネットワークを形成しながらその人の精神的な健康状態を決定していると考えられます。

思春期・成人期のストレスとの関連

幼少期の経験によって双極性障害に対する脆弱性が形成されたとしても、必ずしも病気を発症するわけではありません。
脆弱性を持つ人が、思春期や成人期に経験する様々なストレス(例えば、学業のプレッシャー、就職活動、失恋、結婚、出産、家族の病気、死別、仕事上のトラブルなど)が「引き金」となり、発症に至ることが多いと考えられています。

幼少期の逆境体験が多い人は、ストレスへの対処スキルが十分に育まれていなかったり、ネガティブな思考パターンに陥りやすかったりするため、思春期以降のストレスにさらされた際に、より大きな影響を受けやすい可能性があります。
つまり、幼少期の経験は、その後の人生で経験するストレスの影響力を増幅させる可能性があるのです。

双極性障害の診断と幼少期のエピソード

双極性障害の診断は、主に現在の症状(躁状態、うつ状態、混合状態のエピソードとその経過)に基づいて行われます。
精神疾患の診断基準として国際的に広く用いられている「DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)」においても、双極性障害の診断基準は、特定の気分エピソード(躁病エピソード、軽躁病エピソード、大うつ病エピソード)が存在するかどうか、そしてそれらのエピソードが繰り返されるかどうかによって定められています。
診断基準自体に「幼少期の経験」が直接的に含まれているわけではありません。

診断基準(DSM-5)における原因の捉え方

DSM-5は症状に基づいて診断を行うための基準であり、「なぜその病気になったのか」という原因論については、あくまで研究段階にある情報として補足的に述べられることが多いです。
双極性障害についても、遺伝的要因、神経生物学的要因、環境要因などが原因として挙げられるものの、特定の原因が診断に必須となるわけではありません。
診断は、あくまで患者さんが現在どのような症状を呈しており、それが診断基準に合致するかどうかによって判断されます。

問診での幼少期エピソードの重要性

しかし、実際の臨床現場での診断や病状の理解において、幼少期のエピソードを医師が丁寧に聞き取ることは非常に重要です。
幼少期のトラウマや養育環境に関する情報は、以下の点で役立ちます。

  • 病状の背景理解: なぜその人が特定のストレスに弱いのか、なぜ感情の調節が難しいのかなど、現在の症状や困難の背景にある脆弱性を理解する手がかりになります。
  • 鑑別診断: 双極性障害と似た症状を示す他の精神疾患(例:境界性パーソナリティ障害、複雑性PTSDなど)との鑑別に役立つ場合があります。
    幼少期のトラウマはこれらの疾患とも関連が深いため、幼少期のエピソードは、単に双極性障害という診断名をつけるだけでなく、その人が抱える全体的な困難を把握する上で重要です。
  • 治療計画の立案: 幼少期のトラウマや愛着の問題が病気の経過に影響を与えていると考えられる場合、それらを考慮した治療計画を立てることが重要になります。
    例えば、トラウマに焦点を当てた精神療法を併用したり、対人関係のスキルを向上させるアプローチを取り入れたりすることが検討されます。
  • 患者さん自身の病気への理解: 幼少期の経験と現在の病状との関連性を患者さん自身が理解することは、自己理解を深め、病気を受け入れ、治療に取り組む上で重要な一歩となることがあります。

ただし、幼少期の経験を聞き取る目的は「過去の出来事のせいにすること」ではなく、現在の困難をより深く理解し、適切なサポートや治療を提供することにあります。
患者さんが安心して話せる環境で、無理のない範囲で語ってもらうことが大切です。

双極性障害の治療と幼少期の影響への対応

双極性障害の治療は、主に薬物療法と精神療法を組み合わせて行われます。
幼少期の経験が病気の経過や特徴に影響を与えていると考えられる場合、これらの治療に加えて、幼少期のトラウマや愛着の問題に特化したアプローチが検討されることがあります。

薬物療法(気分安定薬など)

双極性障害の治療の根幹は、気分安定薬(リチウム、バルプロ酸ナトリウム、カルバマゼピン、ラモトリギンなど)による薬物療法です。
これらの薬は、躁状態とうつ状態の波を抑え、気分の安定を図ることを目的とします。
症状が強い場合には、非定型抗精神病薬や抗うつ薬(双極性障害のうつ状態に用いる際は注意が必要)が用いられることもあります。

薬物療法は脳内の神経伝達物質のバランスを調整することで、気分の波を生物学的な側面からコントロールしようとします。
幼少期のトラウマが脳のストレス応答システムに影響を与えている場合でも、薬物療法によって脳機能の偏りを調整し、気分の安定を助けることができます。
ただし、薬物療法だけでは、幼少期の経験によって培われた思考パターンや対人関係の困難といった心理的な問題に対処することは難しい場合があります。

精神療法(認知行動療法、家族療法など)

双極性障害の治療においては、薬物療法と並行して精神療法を行うことが推奨されています。
代表的な精神療法には、以下のようなものがあります。

  • 認知行動療法(CBT): 気分の波に関連する思考パターンや行動の癖を修正することで、病気の再発予防や症状の軽減を目指します。
  • 対人関係・社会リズム療法(IPSRT): 対人関係のストレスと生活リズムの乱れが気分の波に影響を与えるという考えに基づき、これらを安定させるスキルを習得します。
  • 家族療法: 患者さん本人だけでなく、家族も一緒に病気への理解を深め、患者さんをサポートするための家族の関わり方を学びます。
  • 弁証法的行動療法(DBT): 特に感情の調節が困難な人や、衝動的な行動をとりやすい人に有効とされる療法で、感情調節スキル、対人関係スキル、ストレス耐性スキルなどを習得します。

これらの精神療法は、患者さんが自身の病気や症状、ストレスへの対処法を理解し、より安定した生活を送るためのスキルを身につけるのに役立ちます。

幼少期のトラウマや愛着の問題へのアプローチ

幼少期のトラウマや愛着の問題が双極性障害の病状に大きく影響していると考えられる場合には、これらの問題に特化した精神療法を検討することがあります。

例えば、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)や、トラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)などのトラウマ治療が有効な場合があります。
これらの療法は、過去のトラウマ体験によって生じた否定的な感情や認知を処理し、トラウマが現在の生活に与える影響を軽減することを目的とします。

また、愛着の問題に関しては、対人関係療法や、より安全な愛着関係を築くための関係性に着目した精神療法が有効な場合があります。
これらの療法を通じて、自分自身の愛着パターンを理解し、他者とのより健康的な関係性を築くためのスキルを学ぶことができます。

ただし、双極性障害の治療においては、まず薬物療法によって気分の波をある程度安定させることが優先されることが多いです。
気分の不安定な状態や、強い躁状態・うつ状態にある時期に過去のトラウマを深く扱うことは、かえって病状を悪化させるリスクもあるため、治療のタイミングやアプローチについては、専門家(医師や臨床心理士など)と十分に相談し、慎重に進める必要があります。

双極性障害の早期発見と予防

双極性障害の「予防」は難しい課題ですが、幼少期の経験がリスク要因となることを踏まえると、子供の健全な心身の発達をサポートする環境を整えることや、早期に精神的な困難に気づいて対処することが重要になります。

幼少期から注意すべきサイン

双極性障害は通常、思春期から青年期にかけて発症することが多いですが、幼少期から以下のようなサインが見られる場合、将来的な精神疾患のリスクが高い可能性があります。
これらは双極性障害に特異的なサインではありませんが、注意が必要です。

  • 極端な気分の変動: 周囲の状況に見合わない、突然の強い興奮やイライラ、あるいは理由のない強い落ち込みが頻繁に見られる。
  • 衝動的な行動: 後先考えずに危険な行動をとる、カッとなりやすい、我慢ができないといった傾向が強い。
  • 過活動・注意散漫: 落ち着きがなく、一つのことに集中するのが難しい。年齢に比べて活動性が異常に高い。
  • 強い不安や恐怖: 特定の状況で極端に怖がったり、常に何かを心配していたりする。
  • 対人関係の困難: 集団に馴染めない、友達とのトラブルが多い、一方的な関わり方をするといった問題が目立つ。
  • 学業不振: 集中力の欠如や情緒的な不安定さから、学業に支障が出やすい。
  • 睡眠や食事の問題: なかなか眠れない、過剰に食べすぎる、食欲がないといった状態が続く。
  • 自傷行為や希死念慮: 自分を傷つけたり、「死にたい」といった言葉を口にしたりする。

これらのサインが見られた場合、それが直ちに双極性障害に繋がるわけではありませんが、子供が何らかの困難を抱えているサインである可能性が高いです。
子供の様子に「いつもと違う」「気になる」変化が見られたら、注意深く見守り、必要であれば専門機関に相談することが大切です。

適切な養育環境の重要性

幼少期の経験が双極性障害のリスクを高めるという研究結果は、親や養育者にとって重く受け止められる情報かもしれません。
しかし、これは「親のせいだ」と責めるためではなく、子供の心身の健やかな成長のために「どのような環境が望ましいか」を考える上で重要な示唆を与えてくれます。

子供にとって適切な養育環境とは、以下のような要素を満たす環境と言えるでしょう。

  • 安全で予測可能な環境: 身体的・精神的な暴力がなく、子供が安心して過ごせる環境。
  • 情緒的な安定と応答性: 子供の感情を受け止め、共感し、適切な応答を返す養育者がいること。
  • 一貫性のある関わり: その日の気分や状況によって態度が大きく変わらない、安定した関わり方。
  • 適切な境界設定と指導: 子供の安全のために必要なルールを定め、社会的なスキルを教えること。
  • 子供の個性の尊重: 子供自身の興味や能力を認め、否定せずに伸ばそうとすること。
  • ストレスへの適切な対処: 子供が困難に直面した際に、一人で抱え込まず、サポートを得ながら乗り越える経験を積めるよう支えること。

完璧な養育環境など存在しませんし、子育てには様々な困難が伴います。
重要なのは、親自身も孤立せず、必要なサポート(家族、友人、行政サービスなど)を得ながら、子供との関係性をより良いものにしようと努力することです。
親自身のメンタルヘルスも、子供の養育環境に大きく影響するため、親自身が困難を抱えている場合は、ためらわずに専門機関に相談することが大切です。

専門家への相談のタイミング

子供の様子に気になる変化が見られた場合、どのようなタイミングで専門家に相談すれば良いのでしょうか。

  • 子供自身が苦痛を訴えている: 「つらい」「学校に行きたくない」「自分が嫌いだ」など、子供自身が何らかの苦痛を言葉にしている場合。
  • 日常生活に支障が出ている: 食欲がない、眠れない、学校に行けない、友達との関わりがうまくいかない、集中できないなど、普段の生活に明らかな変化が見られる場合。
  • 安全が懸念される行動がある: 危険な行動をとる、自傷行為をする、死について話すなど、子供の安全が心配される場合。
  • 家庭での対応に限界を感じる: 親自身がどう関われば良いか分からず、子供の状況が改善しない、あるいは悪化していると感じる場合。
  • 漠然とした不安がある: 具体的な問題ははっきりしないが、子供の様子がいつもと違うと感じ、専門家の意見を聞いてみたい場合。

これらのサインは、必ずしも双極性障害を意味するものではありませんが、子供が発しているSOSである可能性があります。
早期に専門家(小児科医、スクールカウンセラー、児童精神科医、精神科医、臨床心理士、保健師など)に相談することで、子供の状況を適切に評価してもらい、必要なサポートや治療に繋げることができます。

双極性障害かな?と思ったら

この記事を読んで、ご自身や大切な方の幼少期の経験と現在の状況との関連性に不安を感じたり、「もしかしたら双極性障害かもしれない」と感じたりした方もいらっしゃるかもしれません。
原因が幼少期にあるかどうかを特定すること自体が、病気を治す直接的な方法ではありませんが、過去の経験が現在の困難にどのように繋がっているのかを理解することは、自己理解を深め、適切な治療や回復への道を歩む上で重要な一歩となります。

まずは専門機関へ相談

双極性障害は、専門家による適切な診断と治療が必要な病気です。
自己判断や、インターネット上の情報だけで結論を出すことはせず、必ず精神科や心療内科などの専門医療機関を受診してください。

専門医は、あなたの症状の経過、現在の状態、そして過去の経験(幼少期の経験も含む)について丁寧に話を聞き、必要な検査(心理検査など)も行いながら、総合的に判断して診断を行います。
幼少期のエピソードを話すのが難しいと感じる場合は、無理に話す必要はありません。
話せる範囲で構いません。

診断と治療の流れ

専門機関を受診した場合の一般的な流れは以下のようになります。

  1. 問診: 現在の症状(気分の波の具体的な内容、頻度、期間)、生活状況、病歴、家族歴、そして幼少期を含む過去の経験などについて詳しく話を聞かせていただきます。
    幼少期のエピソードを話すのが難しいと感じる場合は、無理に話す必要はありません。
    話せる範囲で構いません。
  2. 診断: 問診の内容や、必要に応じて行われる心理検査などの結果に基づき、精神疾患の診断基準に照らし合わせて診断が行われます。
  3. 治療方針の決定: 診断に基づいて、あなたに合った治療方針が提案されます。
    双極性障害と診断された場合は、薬物療法を中心とし、必要に応じて精神療法が併用されることが一般的です。
    幼少期のトラウマや愛着の問題が病状に影響していると考えられる場合には、それらを考慮した治療計画が立てられます。
  4. 治療の開始: 決定された治療方針に従い、治療が開始されます。
    薬物療法は効果が出るまでに時間がかかる場合があり、副作用の調整なども必要となることがあります。
    精神療法は定期的に通院して行われます。
  5. 経過観察と調整: 定期的に受診し、病状や治療の効果、副作用などについて医師と話し合いながら、必要に応じて治療内容を調整していきます。
    病気と付き合っていくための様々な工夫や対処法についても、医師や他の専門職(看護師、薬剤師、精神保健福祉士、臨床心理士など)からアドバイスを得ることができます。

双極性障害は適切に治療すれば、症状を安定させ、穏やかな日常生活を送ることが十分に可能な病気です。
幼少期の経験が影響していると感じていても、専門家のサポートのもとで病気と向き合い、回復への道を歩むことができます。
一人で悩まず、まずは専門機関に相談することから始めてみてください。


免責事項

この記事は、双極性障害の原因における幼少期の影響に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。
個別の症状や状況については個人差が大きく、必ずしもこの記事の内容が全ての方に当てはまるわけではありません。
もし、ご自身やご家族のことで気になる点がある場合は、必ず専門の医療機関を受診し、医師の指示を仰いでください。
この記事の情報に基づいた自己判断や治療は、病状の悪化を招く可能性があります。

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