拒食症の症状
拒食症(神経性やせ症)は、体重が増えることや太ることを極度に恐れ、食事を制限したり過度な運動を行ったりすることで、健康を著しく損なうほどにやせを追求する精神疾患です。単なる食欲不振や偏食とは異なり、体重や体型に対する強いこだわりや歪んだ認識が特徴です。この病気は、身体だけでなく精神面にも深刻な影響を及ぼし、多岐にわたる症状が現れます。
拒食症の症状は、体重の減少だけでなく、栄養失調による身体的な変化、精神的な苦痛、行動の変化など、非常に多様です。この記事では、拒食症に見られる代表的な症状について、身体面と精神面に分けて詳しく解説します。また、拒食症の診断や原因、合併症、治療法、そして「もしかして?」と感じた場合の相談先についてもご紹介します。拒食症は早期発見と適切な治療が非常に重要です。ご自身や大切な方のサインに気づき、回復への一歩を踏み出すための情報としてご活用ください。
拒食症とは?定義と種類
「拒食症」という言葉は広く知られていますが、正式には「神経性やせ症(Anorexia Nervosa)」と呼ばれる精神疾患の一つです。摂食障害に含まれる病気であり、主に「食べる」ことに関連した困難を抱えます。
神経性やせ症は、主に以下の3つの特徴によって定義されます。
- 体重の著しい低さ: 年齢や身長に基づいた標準体重と比べて、著しく体重が低い状態にあること。自分で意図的に体重を減らそうとします。
- 体重増加に対する強い恐怖: 体重が増えること、太ること、あるいはやせていることによる体重増加を阻止することに対して、強い恐れを抱いていること。たとえ体重が低い状態であっても、この恐怖は弱まりません。
- 体重や体型に対する自己評価への過剰な影響: 自分の体重や体型が、自己評価に不釣り合いなほど強く影響していること。あるいは、現在の低体重の重症度を認識できないこと。
これらの特徴に加え、神経性やせ症には主に以下の2つのタイプがあります。
神経性やせ症の制限型と過食・排出型
神経性やせ症は、過去3ヶ月間にどのような行動が見られたかによって、さらにサブタイプに分類されます。
- 制限型: 体重減少を達成するために、主に食事摂取量を制限したり、過度に運動したりします。過食や排出行動(自己誘発性嘔吐、下剤や利尿薬の乱用など)は見られません。
- 過食・排出型: 食事摂取量を制限する行動に加えて、過去3ヶ月間に過食(一度に大量の食べ物を食べる)や排出行動(自己誘発性嘔吐、下剤や利尿薬の乱用など)が習慣的に見られます。体重が著しく低い状態であっても、これらの行動が見られる場合にこのタイプに分類されます。
神経性過食症との関連性
神経性やせ症(過食・排出型)で過食や排出行動が見られると聞くと、「神経性過食症(Bulimia Nervosa)」とどう違うのか疑問に思うかもしれません。
神経性過食症も過食と排出行動を特徴としますが、最も重要な違いは「体重」です。神経性過食症の診断基準には、神経性やせ症のような「著しい低体重」の基準はありません。神経性過食症の人の体重は、正常範囲内であるか、やや過体重であることが多いです。
つまり、過食や排出行動が見られる場合でも、著しい低体重を伴っていれば神経性やせ症(過食・排出型)と診断され、著しい低体重を伴っていなければ神経性過食症と診断されることが多いです。ただし、これらの病気は時間とともに変化する可能性があり、診断が変わることもあります。
摂食障害は、神経性やせ症、神経性過食症の他に、「回避・制限性食物摂取障害(ARFID)」や「特定不能の摂食障害(OSFED)」など、様々な病態が含まれる複雑な疾患群です。症状が上記の典型的な診断基準に完全に合致しない場合でも、摂食に関する困難を抱えている場合は、専門家への相談が推奨されます。
拒食症に見られる代表的な症状
拒食症の症状は、見た目の「やせ」だけではありません。低栄養や極端な食事制限、排出行動、そして病気に伴う精神的な苦痛など、様々な形で現れます。ここでは、拒食症に見られる代表的な症状を、身体的なサインと精神的なサイン・行動の変化に分けて詳しく見ていきましょう。
身体的な症状
拒食症による栄養失調は、全身の臓器や機能に悪影響を及ぼします。以下のような様々な身体的な症状が現れる可能性があります。
著しい体重減少とやせ
最も目に見えやすい症状は、標準体重から大きくかけ離れた体重の減少と、それに伴うやせです。世界保健機関(WHO)の基準では、BMI(体格指数:体重kg ÷ (身長m)²)が18.5未満を「低体重」、17.0未満を「やせすぎ」、16.0未満を「命にかかわるほどやせている」と分類します。拒食症では、これらの基準を下回るほどにやせが進むことが特徴です。
しかし、診断においては、やせの程度だけでなく、急激な体重減少や、過去の体重からの減少率、年齢に応じた標準体重との比較などが考慮されます。特に思春期や青年期の場合、成長期にあるにも関わらず体重が増えなかったり、むしろ減少したりすることが重要なサインとなります。
やせが進行すると、骨や筋肉が目立つようになり、頬がこけたり、手足が細くなったりといった外見の変化が現れます。本人はやせていることに満足せず、さらに体重を減らそうとすることが多いです。
低栄養による体の変化
カロリーや栄養素の摂取が極端に制限されることで、全身に様々な変化が起こります。
- 皮膚・髪・爪の変化: 皮膚が乾燥しやすくなり、黄色っぽくなることがあります。髪の毛はパサついたり抜けやすくなったりします。体温を保とうとして、産毛のような「軟毛(なんもう)」が全身に生えてくることもあります。爪はもろくなり、割れやすくなります。
- 冷え: 体脂肪が減少し、血行が悪くなるため、常に手足が冷たいと感じることが多いです。
- 便秘: 食事量が少ないため、便の量が減り、腸の動きも鈍くなるため、便秘に悩むことがよくあります。
- むくみ: 栄養状態が悪化すると、血液中のタンパク質が減少し、血管の外に水分が漏れ出しやすくなるため、特に手足や顔がむくむことがあります。排出行動(特に自己誘発性嘔吐)の後にも、水分や電解質のバランスが崩れてむくみが生じやすいです。
- 筋力低下: 筋肉の量が減少するため、疲れやすくなったり、立ち上がったり歩いたりするのが辛くなったりします。
- 骨粗鬆症: 特に女性の場合、ホルモンバランスの乱れも相まって、骨密度が低下しやすくなります。若い年齢で骨粗鬆症が進むと、将来的な骨折のリスクが高まります。
- 低血圧・徐脈: 心臓への負担が減り、循環器系の機能が低下するため、血圧が低くなったり、心拍数が遅くなったり(徐脈)することがあります。ひどい場合は、めまいや立ちくらみ、失神を起こすこともあります。
ホルモンバランスの乱れ(月経停止など)
低栄養状態が続くと、脳の視床下部から分泌される性腺刺激ホルモンが減少し、女性では卵巣からの女性ホルモンの分泌が低下します。これにより、月経が止まる「無月経(続発性無月経)」が起こることが非常に多いです。通常、体重が標準に戻り、栄養状態が改善されれば月経は再開しますが、長期間無月経が続くと、将来的な不妊につながる可能性も指摘されています。
男性の場合も、男性ホルモン(テストステロン)の分泌が低下し、性欲の減退や性機能の低下が見られることがあります。
また、甲状腺ホルモンや成長ホルモンなどの他のホルモン分泌にも影響が出ることがあります。
過食・排出行動に伴う症状(唾液腺腫脹、歯のトラブルなど)
神経性やせ症の過食・排出型や、神経性過食症では、自己誘発性嘔吐や下剤の乱用といった排出行動が繰り返されます。これらの行動は、独自の身体的な問題を引き起こします。
- 唾液腺の腫脹: 自己誘発性嘔吐を繰り返すと、耳下腺や顎下腺といった唾液腺が刺激されて腫れることがあります。顔がむくんだように見えることがあります。
- 歯のエナメル質溶解: 胃酸を含む嘔吐物が繰り返し口の中を通ることで、歯のエナメル質が溶け、虫歯になりやすくなったり、歯がもろくなったりします。
- 食道・胃のトラブル: 繰り返しの嘔吐は、食道や胃の粘膜を傷つけ、食道炎や胃炎を引き起こす可能性があります。重症の場合は、食道が破裂するといった命にかかわる合併症のリスクもゼロではありません。
- 電解質異常: 嘔吐や下剤・利尿薬の乱用は、体内の水分やミネラル(電解質)のバランスを崩します。特にカリウムのバランスが崩れると、不整脈を引き起こし、最悪の場合、心停止に至る危険性があります。
- 手背の傷(ラスネル徴候): 自己誘発性嘔吐の際に、指を喉に突っ込むことで、手の甲の関節部分に傷やタコができることがあります。これは「ラスネル徴候」と呼ばれ、排出行動のサインの一つです。
これらの身体症状は、単に不快であるだけでなく、放置すると命にかかわる重篤な合併症につながる可能性があります。やせていることだけでなく、こうした身体のサインにも注意を払うことが重要です。
精神的な症状・行動の変化
拒食症は、身体だけでなく心の状態にも深く関わる病気です。体重や体型への異常なこだわりや、それに基づく行動は、精神的な苦痛や社会的な孤立を引き起こすことがあります。
体重や体型への強いこだわりと恐怖
拒食症の最も中心的な精神症状は、体重が増えること、太ることへの極端な恐怖です。たとえBMIが低く、周囲から見て明らかにやせている状態であっても、「自分は太っている」「もっとやせなければ価値がない」といった歪んだ認識(ボディイメージの歪み)を抱いています。
体重や体型に対するこだわりは非常に強く、毎日何度も体重を測ったり、鏡を見て体型をチェックしたり、少しでも太ったと感じると強い不安を感じたりします。自己評価が、体重や体型に過剰に左右されることも特徴です。
食事制限や過度な運動
体重増加への恐怖から、極端な食事制限を行います。特定の食品群(炭水化物や脂質など)を完全に排除したり、1日の摂取カロリーを極めて低く抑えたりします。最初はダイエットとして始まった行動が、徐々にエスカレートし、食事をほとんど摂らなくなることもあります。
また、食事制限に加えて、摂取したカロリーを消費しようと、過度な運動を強迫的に行うことがあります。疲労や怪我、あるいは病気で体調が悪いにも関わらず、運動を休むことができないと感じます。これも、体重増加への強い恐怖に基づいた行動です。
神経性やせ症の過食・排出型では、制限と過食・排出行動が交互に現れることがあります。特定の食品を大量に食べた後に、罪悪感や自己嫌悪から自己誘発性嘔吐をしたり、下剤や利尿薬を乱用したりします。
気分の変動や社会的な孤立
低栄養状態や病気のストレスは、精神的な状態にも影響を与えます。
- 抑うつ・不安: 多くの拒食症の人は、抑うつ気分や不安を抱えています。将来への悲観、無力感、イライラ、集中力の低下などが見られることがあります。
- 強迫性: 食事や体重、運動などに関して、特定のルールや習慣に強くこだわる強迫的な傾向が見られることがあります。例えば、「特定の時間にしか食べない」「特定の調理法でしか食べない」といった rigid なルールに縛られることがあります。
- 自己肯定感の低下: やせを追求することで自己価値を感じようとしますが、病気が進行するにつれて、かえって自己肯定感が低下し、自分には価値がないと感じるようになることがあります。
- 社会的な孤立: 食事に関連する場面を避けるようになり、友人や家族との外食や集まりに参加しなくなることがあります。また、気分の落ち込みやイライラから、人との関わりを避けるようになり、社会的に孤立していく傾向があります。
- 認知の歪み: 体重や体型に対する歪んだ認識に加え、自分自身や他人、世界に対する否定的な認知パターンが見られることがあります。
これらの精神的な症状や行動の変化は、病気を維持させる要因となり、回復を困難にさせることがあります。身体的なケアと同時に、精神的な側面へのアプローチが不可欠です。
拒食症の診断基準と重症度
拒食症の診断は、主に精神科医や心療内科医といった専門家によって行われます。診断には、患者さんの話(病歴や症状、体重の経過、食事や運動に関する行動など)、身体診察、心理検査、必要に応じて血液検査や画像検査などが総合的に用いられます。
国際的な診断基準としては、アメリカ精神医学会が発行する「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版(DSM-5)」や、世界保健機関(WHO)の「国際疾病分類 第10版(ICD-10)」などが広く用いられています。DSM-5における神経性やせ症の診断基準は、前述の「著しい低体重」「体重増加への強い恐怖」「体重や体型に対する自己評価への過剰な影響」の3つが主な要件となります。
診断時には、症状のタイプ(制限型または過食・排出型)や、現在の重症度も評価されます。DSM-5では、成人の神経性やせ症の重症度を、主に現在のBMIに基づいて以下のように分類しています。
重症度分類 | BMI(体格指数) |
---|---|
軽度 | 17.0 – 18.49 |
中等度 | 16.0 – 16.99 |
重度 | 15.0 – 15.99 |
最重度 | 15.0未満 |
ただし、これはあくまで目安であり、特に小児や青年期の場合は、年齢や身長に応じた標準体重からの逸脱度なども考慮されます。また、排出行動の頻度や、身体的な合併症の有無、精神症状の重さなども、重症度を判断する上で重要な要素となります。
拒食症は、自分自身で「病気だ」と認識しにくい側面があります。やせていることを肯定的に捉えたり、体重減少を成功と見なしたりすることもあるためです。しかし、早期に専門家による適切な診断を受けることは、病気から回復するための第一歩となります。自己判断ではなく、少しでも気になるサインがあれば、専門機関に相談することが大切です。
拒食症の原因
拒食症は、単一の原因で発症する病気ではありません。様々な要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。主な要因としては、心理的要因、社会・文化的要因、生物学的要因などが挙げられます。
心理的要因
- 完璧主義・生真面目さ: 几帳面で、物事を完璧に行おうとする傾向がある人が、ダイエットを始めた際に、それをストイックに追求しすぎることから始まることがあります。
- 低い自己肯定感: 自分自身に価値を感じられず、やせることで自己価値を高めようとする場合があります。体重や体型をコントロールすることが、自分をコントロールできているという感覚につながることがあります。
- 対人関係の困難: コミュニケーションが苦手であったり、他人からの評価を過度に気にしたりする人が、対人関係で感じるストレスを食行動の問題で解消しようとすることがあります。
- トラウマ体験: 過去にいじめや性的虐待などのトラウマ体験がある場合に、発症リスクが高まることが指摘されています。
- 家族関係: 家族間のコミュニケーションの問題や、過干渉・放任といった養育態度などが、病気の発症や経過に影響を与える可能性が指摘されています。
社会・文化的要因
- 痩せ賛美文化: 現代社会では、「やせている方が美しい」「やせている方が成功している」といった価値観が浸透しており、メディアやSNSなどを通じて「痩せ」を追求するメッセージが繰り返し発信されています。こうした文化的な影響が、特に思春期や青年期の女性を中心に、ダイエットや過度な体重管理へのプレッシャーとなり、摂食障害の発症につながることがあります。
- 特定の職業・活動: 体重管理が重要視される職業(モデル、ダンサー、体操選手など)やスポーツに携わっている人は、摂食障害を発症するリスクが高まる傾向があります。
生物学的要因
- 遺伝的素因: 摂食障害は、遺伝的な要因も関与していると考えられています。近親者に摂食障害やその他の精神疾患(うつ病、不安障害、物質乱用など)を抱えている人がいる場合、発症リスクが高まることが研究で示唆されています。
- 脳機能の偏り: 食欲や気分、思考、感情を司る脳の神経伝達物質(セロトニン、ドーパミンなど)の働きや、脳の特定の部位の機能に偏りがあることが指摘されています。
- 体質: 代謝や体質といった生物学的な特性も、体重の増減しやすさなどに関わり、間接的に摂食障害の発症に影響を与える可能性が考えられます。
これらの要因が単独で発症させるのではなく、複数の要因が組み合わさり、ストレスやライフイベント(例えば、進学、就職、人間関係の変化など)が引き金となって病気が顕在化することが多いです。原因を理解することは、治療計画を立てる上でも重要となります。
拒食症に伴う合併症・リスク
拒食症は、単に体重が低いだけの状態ではありません。低栄養状態が長期間続くことや、排出行動を繰り返すことにより、全身の様々な臓器や機能に深刻な影響を与え、命にかかわる合併症を引き起こすリスクがあります。
以下に、拒食症に伴う主な合併症やリスクを示します。
身体的な合併症・リスク | 具体的な症状・状態 |
---|---|
心血管系 | 徐脈(脈が遅くなる)、低血圧、不整脈(命にかかわることも)、心筋の萎縮、心不全、QT延長症候群(突然死のリスク) |
消化器系 | 胃の動きの低下(胃もたれ、腹部膨満感)、便秘、食道炎、胃炎、胃潰瘍、膵炎(排出行動)、腸閉塞(下剤乱用) |
内分泌・代謝系 | 無月経、不妊症、成長ホルモンの低下(成長期の成長停止)、甲状腺機能低下(冷え、疲労)、血糖値異常、電解質異常(カリウム、ナトリウムなど) |
骨格系 | 骨粗鬆症(若い年齢での骨折リスク増加)、筋力低下 |
腎・泌尿器系 | 腎機能障害、尿崩症(脱水傾向) |
血液系 | 貧血、白血球減少(免疫力低下)、血小板減少 |
神経系 | 集中力低下、思考力の低下、認知機能の障害、末梢神経障害、脳の萎縮 |
皮膚・粘膜 | 皮膚の乾燥・かゆみ、軟毛の発生、口角炎、歯のエナメル質溶解、唾液腺の腫脹 |
その他 | 体温調節異常(低体温)、疲労感、倦怠感、脱水 |
精神的な合併症・リスク | 具体的な症状・状態 |
---|---|
気分障害 | うつ病、双極性障害 |
不安障害 | 全般性不安障害、社交不安障害、強迫性障害 |
パーソナリティ障害 | 回避性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害など |
物質関連障害 | アルコール依存症、薬物乱用(特に下剤や利尿薬) |
自傷行為・自殺企図 | 強い精神的苦痛から自傷行為に走ったり、自殺を試みたりするリスクが高まります。 |
これらの合併症は、やせの程度や罹病期間、排出行動の有無などによってリスクが異なります。特に重度のやせや、電解質異常を伴う場合は、心停止などの突然死のリスクが高まります。
拒食症は放置すると非常に危険な病気です。これらの合併症のリスクを避けるためにも、早期に専門家による診断と治療を開始することが極めて重要です。身体的な症状が重い場合は、命を守るために緊急入院が必要となることもあります。
拒食症の治療法
拒食症の治療は、単に体重を増やすだけでなく、病気の根底にある考え方や感情、行動パターンを変え、心身ともに健康な状態を取り戻すことを目指します。治療は通常、精神科医や心療内科医、臨床心理士、管理栄養士、看護師など、多職種のチームによって行われます。主な治療法には、栄養療法、精神療法、そして必要に応じて薬物療法があります。
治療は長期にわたることが多く、回復には本人の強い意志と周囲のサポートが不可欠です。
栄養療法・体重回復
最も初期段階で重要となるのは、低栄養状態から脱出し、身体的な健康を取り戻すことです。
- 体重回復目標の設定: 患者さんの年齢や身長、過去の体重などを考慮し、専門家とともに適切な体重回復目標を設定します。一律の目標ではなく、一人ひとりに合った現実的な目標が設定されます。
- 段階的な食事摂取量の増加: 急激な食事量の増加は身体に負担をかける可能性があるため、段階的に食事摂取量を増やしていきます。最初は少量から始め、徐々に増やしていく計画が立てられます。栄養バランスの取れた食事が推奨されます。
- 栄養指導: 管理栄養士による栄養指導を受け、栄養に関する正しい知識を身につけたり、バランスの取れた食事計画を立てたりする方法を学びます。食品に対する恐怖心や制限的な考え方を克服するためのサポートも行われます。
- 入院治療: 重度の低体重や、心血管系の合併症、電解質異常など、身体的な状態が危険な場合は、命を守るために専門病院への入院が必要となります。入院中は、点滴による栄養補給や、厳密な食事管理のもとで体重回復を目指します。
体重を回復させることは、身体的な健康を取り戻すだけでなく、脳機能を改善し、精神療法を進めるための基盤となります。しかし、患者さんにとっては体重が増えることへの強い抵抗や恐怖を伴うプロセスであるため、精神的なサポートも同時に行われます。
精神療法
拒食症の治療において、精神療法は非常に重要な柱となります。病気の根底にある考え方や感情、行動パターンに働きかけ、健康的な心の状態を目指します。様々な精神療法が用いられますが、効果が示されているものとしては以下のようなものがあります。
- 認知行動療法(CBT): 摂食障害に特化した認知行動療法(CBT-E: Cognitive Behavioral Therapy-Enhanced)が開発されており、中心的な治療法の一つです。体重や体型、食事に関する歪んだ考え方(認知)や、それに基づく不健康な行動パターンを特定し、より現実的で健康的なものに変えていくことを目指します。自己監視(食べたものや感情の記録)、目標設定、問題解決などの技法を用います。
- 家族療法(FBT: Family-Based Treatment): 特に思春期や青年期の患者さんに対して効果が高いとされている治療法です。家族全体を治療に巻き込み、家族が協力して患者さんの体重回復や健康的な食行動をサポートできるように援助します。病気は患者さんだけの問題ではなく、家族全体で取り組む課題であるという視点に立ちます。
- 弁証法的行動療法(DBT: Dialectical Behavior Therapy): 特に、過食や排出行動を伴うタイプや、感情の調節が難しい患者さんに有効とされることがあります。感情を適切に処理するスキルや、衝動的な行動をコントロールするスキル、対人関係スキルなどを習得することを目指します。
- 力動的精神療法: 過去の経験や、無意識の葛藤が摂食障害の発症や維持に関わっているという視点に立ち、これらの要因を探求し、理解を深めることで症状の改善を目指します。
これらの精神療法は、患者さんの状態や年齢、病気のタイプなどに応じて選択・組み合わせられます。セラピストとの信頼関係を築き、根気強く取り組むことが回復につながります。
薬物療法
拒食症そのものに対して特効薬は存在しません。しかし、拒食症に伴って現れる精神症状(うつ症状、不安症状、強迫症状など)や、合併症に対して、補助的に薬物療法が用いられることがあります。
- 抗うつ薬: 抑うつ気分や不安が強い場合に処方されることがあります。特に、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが用いられます。ただし、低体重の状態では副作用が出やすいため、慎重な使用が求められます。
- 抗不安薬: 不安が強い場合に一時的に用いられることがありますが、依存のリスクがあるため、長期的な使用は避けるのが一般的です。
- 向精神病薬: 極端なボディイメージの歪みや、強迫的な思考・行動が強い場合に検討されることがあります。
- その他: 便秘やむくみ、胃腸の不調などの身体症状に対して、それぞれの症状を和らげる薬が処方されることがあります。骨粗鬆症に対する治療薬が用いられることもあります。
薬物療法は、あくまで精神療法や栄養療法をサポートする役割であり、拒食症の根本的な治療ではありません。必ず専門医の指示のもと、適切に使用することが重要です。
治療は、患者さんの状態に合わせて柔軟に進められます。一度症状が改善しても、再発する可能性もあるため、継続的なサポートやフォローアップが大切です。
拒食症かもしれないと感じたら?
ご自身や、ご家族、友人など、身近な人が「もしかしたら拒食症かもしれない」と感じた場合、早期に適切な対応をとることが非常に重要です。拒食症は放置すると重篤な身体的・精神的な問題を引き起こす可能性のある病気ですが、適切な治療を受けることで回復を目指すことができます。
専門機関への相談が重要
拒食症の診断や治療は、専門的な知識と経験が必要です。自己判断や民間療法に頼るのではなく、必ず医療機関や専門の相談機関に相談しましょう。
- 正確な診断: 専門家による診断を受けることで、現在の状態を正しく把握し、適切な治療方針を立てることができます。
- 身体的なリスクの評価: 低体重や栄養失調による身体的な合併症がないか、命にかかわる状態ではないかを専門家が評価し、必要に応じて身体的な治療や管理が行われます。
- 適切な治療計画: 患者さん一人ひとりの状態や背景に合わせて、栄養療法、精神療法、薬物療法などを組み合わせたオーダーメイドの治療計画が立てられます。
- 継続的なサポート: 回復の過程では、様々な困難や葛藤が生じることがあります。専門家による継続的なサポートを受けることで、これらを乗り越え、回復を維持していくことができます。
どこに相談すればいい?
拒食症の相談先としては、以下のような機関が考えられます。
- 精神科・心療内科: 摂食障害の専門的な診療を行っている医療機関です。まずは精神科医や心療内科医に相談するのが一般的です。摂食障害の専門外来を設けている病院もあります。
- 摂食障害専門クリニック: 摂食障害の治療に特化したクリニックです。多職種チームによる専門的なアプローチを受けられる場合があります。
- 大学病院・総合病院の精神科: 重症の場合や、身体的な合併症がある場合など、入院治療が必要なケースに対応できる場合があります。
- 保健所・精神保健福祉センター: 公的な相談窓口です。精神保健福祉士などが相談に応じ、適切な医療機関や支援機関を紹介してくれることがあります。
- 自助グループ: 同じ摂食障害の経験を持つ人たちが集まり、支え合うグループです。専門家の治療と並行して利用することで、孤独感を和らげたり、回復へのモチベーションを保ったりする助けになります。
どこに相談すればいいか迷う場合は、まずはお住まいの地域の保健所や精神保健福祉センターに連絡してみるのも良いでしょう。かかりつけの医師に相談してみるのも一つの方法です。
周囲ができること
拒食症は、本人だけでなく家族や周囲の人々も深く関わる病気です。周囲の人ができることとして、以下のようなことが挙げられます。
- 否定せず、耳を傾ける: 本人の苦しみや感情を否定せず、「あなたは間違っている」といった非難をせずに、まずは話に耳を傾ける姿勢が大切です。本人が話したくない場合は、無理強いせず、いつでも話を聞く準備があることを伝えましょう。
- 病気として理解する: 拒食症は、単なるワガママやダイエットの失敗ではなく、治療が必要な病気であることを理解しましょう。病気による行動や考え方を、本人の性格の問題として責めないことが重要です。
- 回復への希望を伝える: 回復は可能であることを伝え、希望を持たせることが大切です。ただし、回復を急かしたり、体重のことばかりに言及したりするのは避けましょう。
- 専門家への相談を促す: 本人に「病院に行こう」と直接言うのが難しい場合は、「一緒に相談に行ってみようか」「まずは情報だけでも集めてみようか」など、抵抗が少ない方法で専門機関への相談を促してみましょう。本人に伝えるのが困難な場合は、まずはご家族だけで相談機関に連絡してみることも可能です。
- 自分自身も支えられる場所を持つ: 拒食症の本人をサポートすることは、非常にエネルギーを必要とします。サポートする側も、孤立せず、相談できる相手や場所(家族会など)を持つことが大切です。
- 食事に関するプレッシャーを避ける: 食事の量や内容について過度に干渉したり、本人の前で自分の食事や体型について否定的な発言をしたりするのは避けましょう。食事の時間は、穏やかで安心できる雰囲気作りを心がけることが望ましいです。
拒食症は、早期に気づき、適切なサポートにつなげることが回復への鍵となります。一人で抱え込まず、専門家や信頼できる人に相談してください。
【まとめ】拒食症の症状に気づいたら専門家へ相談を
拒食症(神経性やせ症)は、著しい体重減少だけでなく、低栄養による身体的な症状や、体重・体型への強いこだわり、食事制限や過度な運動、過食・排出行動といった多様な精神的・行動的な症状を伴う複雑な精神疾患です。
身体的な症状としては、やせ、冷え、便秘、むくみ、無月経、筋力低下、骨粗鬆症、低血圧、徐脈などがあり、特に過食・排出行動を伴う場合は、歯のトラブルや電解質異常、食道炎といった特有の症状が見られます。これらの身体症状は、放置すると心臓や腎臓など全身の臓器に深刻な合併症を引き起こし、命にかかわるリスクもあります。
精神的な症状としては、体重増加への強い恐怖、ボディイメージの歪み、抑うつ、不安、強迫性、低い自己肯定感、社会的な孤立などが挙げられます。これらの精神的な苦痛が、病気を維持させる要因となります。
拒食症の原因は、心理的、社会・文化的、生物学的要因が複雑に絡み合っていると考えられており、一人ひとりの背景によって異なります。
もし、ご自身や大切な方に「やせが気になる」「食事を極端に制限している」「過度に運動している」「体重や体型へのこだわりが強すぎる」といったサインが見られたら、それは拒食症の徴候かもしれません。拒食症は早期発見と専門家による適切な治療が非常に重要です。
治療は、体重回復のための栄養療法、病気の根底にある問題を解決するための精神療法を中心に、必要に応じて薬物療法が組み合わせて行われます。多職種の専門家によるチームでのアプローチが効果的です。
「もしかして?」と感じたら、まずは精神科や心療内科、摂食障害の専門機関、あるいは保健所などの公的な相談窓口に連絡してみてください。一人で悩まず、専門家のサポートを得て、回復への一歩を踏み出すことが何よりも大切です。周囲の方も、本人を責めることなく、病気として理解し、回復をサポートする姿勢が求められます。
免責事項: 本記事は情報提供を目的としており、病気の診断や治療に代わるものではありません。ご自身の状態について不安がある場合は、必ず医療機関を受診し、専門医の診断と指導を受けてください。
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